モダニズムを楽しむ、東京建築散歩 ル・コルビュジエの建築作品

Cedyna News for Premium Members 3月号より

2016年に世界文化遺産に登録された「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」は、3大陸7ヵ国に点在する17の資産から構成されています。そのうちの一つが、東京都初の世界文化遺産となる国立西洋美術館。国立西洋美術館は、日本で唯一のル・コルビュジエの作品であり、ル・コルビュジエが手がけた美術館3つの中の一つです。モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエの系譜を訪ねる東京の街散策。世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏も強く感性を揺さぶられるといいます。
2020年秋から全館休館中であった国立西洋美術館は、4月9日にリニューアルオープン予定です。
詳細はHPにて。https://www.nmwa.go.jp/

師匠と三人の弟子

ル・コルビュジエをご存じだろうか。「モダニズム建築の巨匠」と呼ばれる、20世紀を代表する建築家だ。モダニズムとは19世紀末から始まった、伝統的な枠組にとらわれない表現を追求した芸術運動。彼もまた、石や煉瓦を積み上げてつくる従来の建物とは異なる、鉄やコンクリートなどの工業製品を使った合理的精神に基づく建築を提唱した。スイスで生まれ、パリを拠点に世界各地で活躍。めざましい業績を残し、日本を含め7ヵ国にわたる17資産が、世界文化遺産に登録されている。

1959年に設立された国立西洋美術館本館は、日本で唯一の作品。彼が基本設計をつくり、アトリエで学んだ日本の三人の弟子たち(前川國男、坂倉準三、吉阪隆正)が、師の意思を反映しながら詳細な設計を行ったという。いずれも日本を代表する、近代建築の旗手たち。まずは、ここ東京・上野から、ル・コルビュジエをテーマにした建築散歩をスタートしたい。

国立西洋美術館は、第二次世界大戦前に実業家・松方幸次郎がヨーロッパで集めた美術品「松方コレクション」が、戦後にフランス政府から寄贈返還されるのに伴って建設されたものだ。ピロティと呼ばれる柱で支えられた空間、屋上庭園、移りゆく景観が楽しめるスロープなど、自由な空間構成はさすがのひと言。さらに設計書には、劇場やアートセンターなどを含む、複合文化施設計画までもが描かれていたらしい。実現していれば、どんな姿を見せてくれたのだろうかと想像はふくらむ。

実は、2020年の秋から施設整備のため全館休館中。まことに残念だが、この4月にはリニューアルオープンするので、また撮影に訪れる楽しみが増えたと考えることにした。

東京文化会館

東京文化会館

道の向かいに目を向けると、そこに佇むのは東京文化会館。東京都が開都500年を記念して建設したもので、大ホール、小ホール、音楽資料室などを備えている。1961年の開館以来、国内外のオペラ、バレエ、クラシックコンサートなどの、歴史的な名演の舞台となってきた「音楽の殿堂」である。設計は、ル・コルビュジエの初の日本人弟子・前川國男。戦前・戦後の、日本のモダニズム建築をリードした第一人者だ。国立西洋美術館の2年後に竣工したこの建物は、彼が師にオマージュを捧げたものといわれている。

実現しなかった複合文化施設のプランを受け継いだかのように、二つの建物は高さが揃えられ、外壁の素材や窓枠の間隔など、随所に呼応する構造が見られる。また特徴的なコンクリート打ち放しの、ところどころに施された曲面は、ル・コルビュジエの作品にもよく用いられているものだ。昨年60周年を迎えたが、今後も芸術文化の発信拠点として、“奇跡の音響”と称される響きを奏で続けるのだろう。

上野恩賜公園

上野恩賜公園

この師弟の作品が並び建つ上野恩賜公園(通称・上野公園)は、総面積53ヘクタールに及び、他にも博物館や動物園など多くの文化施設が集中する、日本で最初の都市公園。豊かな自然に恵まれて、1873年の開園以来、都民の憩いの場となっている。また、桜の名所としても有名だ。咲きほころぶ薄紅色の花を愛でながら、のんびりと並木道を歩む。

不忍池(しのばずのいけ)

不忍池(しのばずのいけ)

南側に大きく広がるのは、上野を代表する観光スポットの不忍池(しのばずのいけ)。不忍池は、約2kmの外周と約11万平方メートルの面積を持つ天然池で、桜の花びらが浮かぶ中、ボート遊びを楽しめる。

その美しさから浮世絵師・歌川広重も、今も園内に残る清水観音堂からの眺めを、作品として残している。池の中央には、弁財天を祀る「弁天島(中之島)」。春の桜も見事だが、夏には5種類もの蓮の花が咲き競うという。次はぜひ、その景色を撮りたい。

上野精養軒本店「オムハヤシ」

上野精養軒本店「オムハヤシ」

ランチは、上野精養軒本店で。日本にフランス料理を広めた草分けとして、一世紀半の歴史を誇る同店。公園開設に伴い現在地に開業し、明治・大正期の社交場として国内外の名士に愛されてきた。
そんな伝説的舞台である上野精養軒は、ハヤシライス発祥の店(※諸説あり)という、これもまた由緒あるエピソードの持ち主だ。店内には、伝統的フランス料理と洋食の、二つのレストラン。上野の森と不忍池を見下ろすテラス席で、絵のような風景と昔から変わらぬおいしさを味わわせてもらった。
人気メニューのオムハヤシ、伝統の味ドミグラスソースと、ケチャップや玉子とのハーモニーに笑みがこぼれる。

残るもの、変わるもの

アテネ・フランセ

アテネ・フランセ

大学や書店が集中する、アカデミックな雰囲気の街・御茶ノ水。ここには、建築家であり教育者としても有名な最年少の弟子、吉阪隆正の作品がある。駅から徒歩約7分、特徴のある建物が見えてきた。このアテネ・フランセは、1913年創立の語学専門学校。現存する日本最古のフランス語学校として、多くの知識人や文化人、語学のエキスパートを輩出してきた。

女神アテナの横顔

女神アテナの横顔

風見フクロウ

風見フクロウ

目を引くのは、何といってもその色使いだろう。アテネ・フランセのピンクは、「アンデスに沈む夕陽」の色をイメージしたという。ピンク色のコンクリートの壁面にはル・コルビュジエが多用したステンシル書体のアルファベットが、上部や紫の壁面には同校のシンボルである女神アテナの横顔が配されている。アテナは、ギリシャ神話の知識、技芸、武をつかさどる女神だ。アテナの聖鳥で知恵を運ぶといわれる風見フクロウが屋根に止まっていたり、斜めに傾いた三角窓など、いたる所に遊び心がちりばめられていて、見ているだけで楽しい。インスタ映えすると、話題になるのも頷ける。

ついでに世界最大級の古書店街・神保町に足を延ばし、写真関係の専門書店を見つける。希少本を入手でき、嬉しい。

新宿西口地下広場

新宿西口地下広場

次は、新宿駅へ。ル・コルビュジエの二人目の弟子、坂倉準三設計の西口広場に立つ。大きな螺旋状のスロープが地上と地下を結び、吹き抜け空間が地下広場に光と風を導く。見渡せないほどの巨大なスペースは、一日の乗降客数が世界最多を誇るターミナルだけはある。1966年に完成し、昭和から平成、令和への世を見守ってきた。

新宿西口広場(日中)

新宿西口広場(日中)

新宿西口広場(夜景)

新宿西口広場(夜景)

坂倉は地下にありながら、行き交う人々に太陽の光と広がりのある都市景観を届けたいと、スロープが囲む大きな穴を設計したと聞く。近代建築理念を日本に定着させつつ、建築から家具に至るまで、人のためのデザインを追求した彼らしい発想だ。新宿駅西口広場は、私にとって東京の玄関口といっても過言ではない。夜のほうが、より新宿らしさが出るのではないかと思う。
東京都は昨年、新宿駅と付近の大規模再開発を決定している。新宿グランドターミナルとして再開発予定だが、名残り惜しいものがある。変わりゆく景色を残すために、カメラを構えた。

東京を歩いていると、近代的な街並の片隅に歴史を思わせる建築物を見つけることが多い。気づかなかっただけで、実は身近におもしろいデザインやすばらしいセンスが隠れていたりする。伝統を受け継ぐもの、革新へと変化していくもの……。 さまざまな発見を楽しめるのも、東京建築散歩の魅力なのだ。

今回登場した作品

建築 ル・コルビュジエの作品

建築界の巨人、近代建築の始祖、20世紀最大の建築家など、さまざまな呼称を冠せられるル・コルビュジエ。モダニズム建築の基礎を築き、新たな建築理論や独自の尺度「モデュロール」などを提唱し、世界に多大な影響を与えた。3大陸7ヵ国17の構成資産は、その仕事の中から傑作とされる作品をまとめたものであり、史上初めて建築の実践がインターナショナルなものと認められた証でもある。