祈りに満たされて、五島の聖なる冬 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

Cedyna News for Premium Members 12月号より

九州最西端、長崎県の西方約100kmに位置し、大小およそ140余りの島々からなる五島列島は、ほぼ全域が「西海国立公園」に指定されています。この五島列島を含め、長崎と天草地方に所在する12の資産から成る「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は2018年世界遺産に登録されました。
澄みきった空と海がますます碧さを極める12月の初頭、世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏の五島列島の旅は、北部に位置する「新上五島町」から始まりました。

祈りの島、 新上五島町

暦が12月に入ると、街の装いが一気にクリスマスに変わる。それはきらびやかなツリーであったり、軽快なジングルベルの調べであったり。大半の日本人にとって、クリスマスは楽しいお祭りのようなものだ。
しかし、本来はイエス・キリストの誕生を祝う聖なる日。この時期、キリスト教徒でなくとも教会を訪れ祈りを捧げるのは、旅の良い思い出になるだろう。

長崎県の西にあり、南北に連なる約140の島々からなる五島列島は、カトリック教会が50余りも点在する、祈りの島。江戸時代の禁教令下にキリシタンが移り住んだ場所であり、信仰の自由が許された後に建てた教会や集落跡などを含む史跡が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一部として、世界遺産に登録された。温暖な気候と豊かな自然、そして教会のある風景は、五島独特の景観を形成している。

さらに12月上旬からの一ヵ月間は、ほとんどの教会が信者による手づくりのイルミネーションで彩られる。ライトアップが生み出す幻想的な光景は「日本夜景遺産」に認定されるほどだ。
加えて、列島の上半分にあたる中通島を中心とした新上五島町では、毎年12月中旬に冬の一大イベントとして「チャーチウィーク in 上五島教会コンサート」を開催している。島内29の教会のうち、6つの教会を会場に、プロの演奏家によるクラシックコンサートが6夜にわたり繰り広げられる。歴史ある聖堂に響き渡る管弦楽の音色、そして厳かな聖歌。心を洗われるような癒やしの空間で、ひと足早いクリスマスを楽しませてもらった。

美しい信仰心の象徴

仲知教会

仲知(ちゅうち)教会

冒頭の写真に登場した中ノ浦教会も、その舞台のひとつ、1925年建立の木造教会だ。前庭の小さな洞窟には、聖母マリアの像が安置されている。正面の尖塔は後年増設された。
満潮時には波静かな入江にその姿を映す様子から「水鏡の教会」とも呼ばれている。木造教会では珍しい鐘塔(しょうとう)が印象的で、やわらかく温かな雰囲気を持っているが、ここも信徒の祖先は移住した潜伏キリシタン。明治初期には迫害を受けたとされ、そんな哀しい過去をも包みこむように、イルミネーションはやさしく灯る。

29の教会にはそれぞれ特色があり、巡礼は五島ならではの観光プランだ。
私がことに感銘を受けたのは、島の北部に位置する仲知(ちゅうち)教会。この地区のわずか70数戸の信者たちの、多額の拠出と労働奉仕により1978年に建立された。
何よりすばらしいのは、聖書の場面を描いた一面のステンドグラス。当時、信者の中心となって尽力した住民を模した人物も描かれているという。ステンドグラスの鮮やかな輝きよりもなお、篤い信仰心がまぶしい。現在の聖堂は3代目となり、建設のために寄せられた浄財は、各戸あたり百数十万円にも及ぶという。

五島の郷土料理

五島うどん

五島うどん

かっとっぽ

かっとっぽ

さて、旅の大きな楽しみのひとつであるグルメだが、五島といえばまずは手延うどんが思い浮かぶ。また新鮮な魚介類の極上の味わいは、いうまでもないだろう。
さらに上五島には、「かっとっぽ」と呼ばれる古くから伝わる郷土料理がある。ハコフグを器に、取り出した身を味噌や生姜などと合わせ、再び戻して焼き上げた風味豊かな逸品。そのインパクトあふれる外見も特筆ものだが、香ばしく濃厚な旨みに、地酒の芋焼酎「五島灘」に伸びる手が止まらない。酒の肴に、ご飯のお供に、一度食べたら癖になる味わいだ。ぜひ、ご自身で賞味されたい。

自然に調和する
教会のある風景

水ノ浦教会

水ノ浦教会

新上五島町を後に、列島内で一番大きな福江島に渡る。ここ五島市も、教会のある風景が絵画のように広がる。北部の水ノ浦湾を一望する高台に立つ水ノ浦教会は、ロマネスク、ゴシック、和風建築が混合した、白亜の優美な姿がひときわ美しい。手がけたのは、教会建築の第一人者といわれる鉄川与助(てつかわよすけ)であり、現存する木造教会では国内最大となる。外国人神父の指導のもと、鉄川をはじめとする日本人の棟梁によって建てられたこれらの教会は、日本近代建築史において高い評価を受け、この地の歴史と風土の中に息づいている。

水ノ浦教会の歴史は、江戸時代末期に大村藩領から移住した潜伏キリシタンから始まる。 白を基調とした聖堂内は、色鮮やかなステンドグラスを通して注がれるやわらかな光が印象的で、厳粛な雰囲気をつくりだしている。教会裏には、五島キリシタン弾圧の牢跡が見られ、迫害された歴史を物語っている。

この水ノ浦教会は、映画『くちびるに歌を』のストーリーの重要な場面のロケ地としても知られ、訪れる観光客も多い。原作は、中田永一のベストセラー小説。五島に臨時教員として帰ってきたピアニストの女性と、合唱を通じて悩みと向き合いながら前へ進む生徒たちの姿を描いた感動ドラマだ。撮影は全編にわたり、五島をメインに長崎県で行われ、三木孝浩監督は「映画を五島列島の穏やかさで包みたかった」と話している。この地を表現するのに、ふさわしい言葉だろう。

五島の穏やかさに包まれて

標高315mの鬼岳

標高315mの鬼岳

ロケ地といえば、福江島のシンボル的存在である鬼岳も選ばれている。合唱部員たちが風に吹かれながら練習するシーンの風景となった、名前とは逆にやさし気な表情の山だ。
全面が芝生に覆われた美しい流線形を描く火山で、数年に一度の野焼きによって、多種多様な草原植物が維持されており、季節ごとの花や植物に出会える。古くから、市民の憩いの場として親しまれてきた。展望所からは、福江の町や点在する島々が望める。絶景を眺めながら深呼吸、空気がおいしい。

鬼岳天文台

鬼岳天文台

また中腹には、その澄みきった空気を活かし、鬼岳天文台が位置する。九州でも有数の、口径60センチメートルのニュートン式反射望遠鏡で、迫力ある宇宙が楽しめる。夜空いっぱいに広がる星々は、天然のプラネタリウムだ。
2017年からは、五島市観光協会が天文台を会場に100インチのスクリーンで星座のビデオ観賞もできる「鬼岳星空ナイトツアー」を開催中。関東や関西からでは見えない星座も鑑賞できる(開催日程は、要確認)。

信じ祈る心と豊かな自然

大瀬崎灯台と夕日に輝く東シナ海

大瀬崎灯台と夕日に輝く東シナ海

旅の終わりに「九州本土で最後に夕日が沈むところ」といわれる、大瀬崎灯台に足を運ぶ。島の最西端、東シナ海の荒海に面してそびえ立つ白亜の灯台。明るさや光の届く距離は国内屈指の実力を誇り、日本の灯台50選のひとつに数えられている。
激しい風や、波に打ちひしがれて浸食された断崖絶壁がつくりだす壮大な風景は、圧巻のひと言。地の果てに来た、という感慨が胸に迫る。灯台に向かう途中の、展望所から眺める夕日は切ないほどの輝きで、もはや言葉もない。

大晦日には、その年の最後の夕日を見る鑑賞会が行われる。

島に点在する教会

島に点在する教会

大瀬崎灯台

大瀬崎灯台

五島列島は、よく「悲しいくらい美しい」と形容される。島内すべてが観光スポットといえるくらい、被写体に困ることがない。しかしそれは、自然環境が豊かなだけではなく、ここに暮らす人々が織りなしてきた歴史があればこそだろう。
迫害の嵐を逃れて、住み着いた潜伏キリシタンたちが守り続けた、厳かで気高い教会。それを包む、豊穣の大自然。悲しいくらいの美しさは、心を満たす美しさでもある。

今回登場した作品

小説「くちびるに歌を」

合唱曲の定番になった「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」の作者アンジェラ・アキが、中学生たちと交流するドキュメンタリーにヒントを得て書かれた中田永一の青春小説。2011年に出版されるや、読者や書店員から熱烈な支持を受け、第61回小学館児童出版文化賞を受賞。のちに新垣結衣主演で映画化され、五島の雄大な自然を背景にした抒情的な映像美で、涙と感動の人間ドラマが謳いあげられた。