紀伊山地の信仰と祈り
熊野古道 中辺路(なかへち) 大門坂
紀伊山地は、古来から神々の御座す場所として敬われてきた。時代と共に、神道や仏教、修験道などの多様な信仰が育まれ、「熊野三山」「高野山」「吉野・大峯」の三大霊場が、宗教と文化の発展に大きく寄与。また多くの人々が訪れる参拝道が各地に生まれ、自然と人間の営みによって形成された文化的景観として、日本の世界遺産で初めて“道”が登録された。
その参拝道のひとつ、熊野古道をゆく。
順路はいくつかあるが、中でも中辺路(なかへち)は平安貴族の公式ルート。時に険しく、時にゆるやかに、森の中を進む。いつしか厳かな気配さえ漂い、ここが信仰のための巡礼路なのだと実感させてくれる。
苔むした石畳が美しい大門坂を登り、熊野那智大社へ。
那智の滝
那智の滝を神とする自然崇拝から起こり、別宮・飛瀧(ひろう)神社の御神体として祀っている。垂直に切り立った岩肌を落下するその姿は、華厳の滝、袋田の滝と並び日本三名瀑に数えられる見事さで、凛とした空気に思わず身が引きしまる。
那智の滝と三重の塔
また隣接した那智山青岸渡寺(せいがんとじ)の境内からは、那智の滝と、寺の三重の塔を一望できる。神仏習合によって、神々と仏が共に御座す浄土とされる、熊野信仰を象徴する光景だ。明治期の神仏分離以前は、塔を持つ青岸渡寺と熊野那智大社は一体であったという。
天空に広がる宗教都市、高野山
ろうそく祭り
真言密教の聖地、高野山。その夏の風物詩が、全国的に有名な萬燈供養会(まんどうくようえ)、通称ろうそく祭りである。一の橋から弘法大師・空海の御廟(ごびょう)がある、聖域・奥之院に続く約2kmの参道両側に、約10万本のろうそくが灯され光の川が生まれる。荘厳な雰囲気と、暗闇に揺れるほのかな灯火。この幻想的な世界にひかれて、大勢の参拝者が訪れる。
深い森に囲まれた高野山だからこその幻想的な光景は、ご先祖や無縁仏も含めてお山に眠るすべての御霊を供養する行事であるからだろう、ますます幽玄の世界を想わせる。奥之院燈籠堂(とうろうどう)で僧侶による供養会が行われ、参拝者も祈りを捧げる中、私もまた手を合わせた。
根本大塔(こんぽんだいとう)
夜の高野山は、昼間とはまた違う趣がある。空海が開山した時に、修行の場として最初に造営した壇上伽藍(だんじょうがらん)は、奥之院と並ぶ二大聖地で、日没から夜明けまでライトアップが行われている。
日本で最初の多宝塔・根本大塔(こんぽんだいとう)も、この伽藍の見所のひとつ。漆黒の闇に浮かび上がる、朱色とのコントラストが印象的だ。堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成され、空海の理想とする世界が広がっている。静寂の中に佇む姿には、ライトアップの彩りだけではないオーラが感じられる。平安時代に建立後、何度か焼失したが、1937年に現在の姿に再建された。
高野山の精進料理
山内には宿坊寺院が多数あり、特に料理には、どこも力を入れているようだ。もちろん殺生を避けた、季節の野菜を中心とした精進料理。それも高野山の精進料理のルーツは、平安時代から続く皇族や大名の参詣をもてなす、振舞料理だといわれる。開山以来、五味(甘・酸・鹹(塩味)・辛・苦)五色(白・黄・赤・青・黒)五法(生・煮る・焼く・揚げる・蒸す)を満たすたくさんの鉢が並び、高野豆腐や金山寺わさびなど高野山ならではの味わいが、目も舌も楽しませてくれる。
高野山は117の寺院を擁し、天空に広がるように存在する宗教都市として知られているが、信仰心によって支えられてきた食文化都市でもある。