本州最南端・鹿児島県大隅半島佐多岬から約60km南に浮かぶ、花崗岩(かこうがん)からなる屋久島。周囲130kmの島の9割は森林で覆われ、中心には九州最高峰・宮之浦岳がそびえています。標高差による気候の違いも激しく、里山は亜熱帯気候で、宮之浦岳付近は北海道なみの気候。この特殊な自然環境に育まれた生態系、特異な景観が評価され、屋久島は1993年に世界自然遺産に登録されました。
森、山、滝、川、海、唯一無二の奥深い世界。観光地、景勝地も数多く、トレッキングコースも豊富。旅行者にはリピーターが多いそうです。世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏もこの島に魅了された一人。幾度も訪れた屋久島。大いなる自然に身をまかせ、生命の雄大さに心をゆだねる旅を綴りました。
大いなる自然に魅せられて
太古の森をゆく。土を踏みしめ、奥へ奥へと分け入る。澄んだ空気を深呼吸すれば、からだの中から浄められていく気がする。耳をすませば、梢を揺らす風の音や沢のせせらぎが聞こえるのに、沁み入るような静けさが身を包み、心までも鎮めていくようだ。
ここ屋久島は、白神山地と共に、日本で初めての世界自然遺産に登録された。洋上のアルプスと称される1,000m超えの山々がそびえ、清らかな水が滝や渓谷を流れ、魚影豊かな黒潮の海に囲まれている。その高低差から、場所によって気候帯が異なるため多種多様な植物が繁り、サル2万、シカ2万、ヒト2万、といわれるほどの動物たちの楽園でもある。
白谷雲水峡(しらたにうんすいきょう)
そんな多くの生命が共に生きる屋久島は、“自然と人間”をテーマに描かれた映画『もののけ姫』のモデルとしても知られている。
特に屋久島北部を流れる宮之浦川の支流、白谷川の渓谷「白谷雲水峡」は、宮崎駿監督が何度も足を運び、神の宿る森のイメージをつくり上げたというが、それは私も実感できる。この地に立つと、自然の中に八百万(やおよろず)の神々を見た日本人のDNAのせいだろうか、大いなる力のような存在を感じるのだ。
縄文杉と感動の出会い
推定樹齢3,000年の紀元杉
その屋久島のシンボルといえば、まずは屋久杉だろう。中でも有名なのが縄文杉や紀元杉などの老大樹たち。樹齢1,000年を超えて、初めて屋久杉と呼べるそうで、最大で樹齢7,200年を超えるといわれる。
トレッキングコースは数種類あるが、ここでは縄文杉ルートを語りたい。朝5時に起き、出発地点である荒川登山口に着いた時には、生憎の雨。ひと月に35日雨が降ると表現されるほどの降雨量が、島の多様な生態系を支えている一端かと思えば、恵みの雨ともいえる。
濡れた苔に差し込む光
トロッコ道が続き、トンネルをくぐり、渓流を眼下に見ながら橋を渡る。往復10時間といわれる道のりは、まだまだ先が長い。地面は徐々に石と、はびこる木の根に変わり、いよいよ人の手入らずの森へと誘われる。映画の中に迷い込んだような神秘的な景色は、ここでしか撮れない1枚だ。
しっとりと、雨に濡れる苔が美しい。うっそうとした森に雨がしとしと降る中、一瞬だけ日が差し込んできた。後にも先にも光が降り注いだのはこの時だけで、貴重な瞬間をとらえることができた。
冒頭の写真はインスタ映えで人気の、ウィルソン株だ。直径4.4mもある切り株で、中に入ることができる。中には10畳ほどの空洞があり清水が湧き出していて、小さな祠が祀られている。初めて来た時に、ある角度からのみ上にあいた穴がハートの形に見えることに気がつきビックリ!トレッキングが終わるまで一人ですごい発見をしたと思い込んでいたが、帰りの土産物屋でそのポストカードを見てガッカリ。我ながら、笑えるエピソードだ。
縄文杉にたどり着き、展望デッキから眺める。保護のために、近寄れないのは残念だが、その圧倒的な存在感が胸に迫ってくる。最大にして、最古。樹齢数千年の放つオーラに、生命の雄大さを見た思いだ。
生命の雄大さに触れ
魂のリフレッシュを
大川(おおこ)の滝
屋久島には、滝が多い。中でも大川(おおこ)の滝は、日本の滝百選にも選ばれている名所。落差88mを誇り、断崖を豪快に滑り落ちる水の姿は、ダイナミックの一言といえる。滝壺のすぐ近くまで歩いて行けるので、ぜひとも足を運んでほしい。マイナスイオンに包まれながら、響き渡る轟音(ごうおん)と飛び散る水しぶきを体感できる貴重なスポットだ。近くには、飲むと健康に良いと伝わる湧き水が流れている。
ヤクシマザル
ヤクシカ
近くの西部林道では、ニホンザルの亜種で、ヤクザルとも呼ぶヤクシマザルが車道で群がっているのに出会うことが多い。逃げもせず、堂々としているのが印象的。ヤクシマザルは小型でずんぐり、毛が太くて長い。雨が多い島の環境に合わせた姿になったといわれる。森に踏み入れば、今度はヤクシカと目が合ったりする。『もののけ姫』に登場するヤックルを思わせるヤクシカは、小さめの体つきで、ニホンジカの亜種のひとつとされる。鹿児島県の屋久島と口永良部島にのみ生息しているそうだ。
人を恐れない彼らは、ただ同じ空間を共有している。特にヤクシカには、古来より山に宿る神々の使いとして接してきた歴史があると聞く。動物たちもまた、共に暮らす島の住民なのだろう。
永田いなか浜
屋久島周辺で見るウミガメ
海にも住民がいる。温帯域と亜熱帯域の間に位置する屋久島周辺では、とにかく魚の種類が多彩だ。さらに、ダイビング中に見かけるほど、ウミガメも多く棲む。
島で最も美しいといわれている永田いなか浜は、貴重な湿地としてラムサール条約にも登録されており、ウミガメの日本一の産卵地として知られている。夏はウミガメの産卵シーン、秋は子ガメの海に帰る姿が鑑賞できる。青い海と白い波、風化した花崗岩(かこうがん)が混じる黄色い砂の浜は、海もまた屋久島の魅力なのだと教えてくれる。私は以前、ウミガメの産卵見学ツアーに参加したことがある。夜の真っ暗な砂浜で、ガイドの懐中電灯に照らされた、感動の瞬間は忘れられない思い出だ。