かくれキリシタンの聖なる地 平戸 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

Cedyna News for Premium Members 5月号より

日本本土の最西端、九州の西北端に位置する長崎県平戸市は、平戸瀬戸を隔てて南北に細長く横たわっている平戸島と、その周辺に点在する大小およそ40の島々から構成されています。
この平戸の聖地と集落を含む世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教が禁じられている中で、長崎と天草地方において日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた、潜伏キリシタンの信仰継続にかかわる伝統の証となる遺産群です。

世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏が平戸を訪れた日は、初夏を思わせる好天に恵まれました。撮影日和のこの日、歴史を肌で感じながら心を込めてカメラに収めた一枚一枚の写真。信ずることとは、希望への力とは何かを今一度、考える旅となりました。

信仰を守り通した
オラショの里

風が渡る。稲穂が、さざ波のように揺れる。安満岳(やすまんだけ)の尾根に囲われ、周辺の森から湧き出る豊かな水に恵まれた約450枚の棚田が広がる景色は、どこか郷愁を呼び起こすような情趣がある。

ここは、長崎県平戸市の春日集落。江戸時代から変わらぬ、美しい棚田の隠れ里は、生活や風土に深く結びついた地域特有の景観として、国の重要文化的景観に選ばれ、2018年には世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つに登録された。

潜伏キリシタンとは、17世紀の鎖国下の日本でキリスト教が禁止された後も、神仏教徒を装い信仰を捨てなかった人々を指す言葉だ。江戸幕府の厳しい弾圧は、遠藤周作著『沈黙』にも詳しい。強制的に改宗を迫り、拒んだ者はひどく罰せられたという。物語は、ある種の救いをもって終わるが、当時のキリシタンの苦境は察して余りある。

春日の棚田  盛夏の頃

春日の棚田 盛夏の頃

春日集落はそんな状況下でも、密かに信仰を守り続けた者たちが暮らした地の一つ。平戸島の西、安満岳の裾野から海に向かって広がる美しい棚田の里だ。家の座敷には神棚や仏壇を奉じつつ、納戸に十字架などの信仰具を祀っていたらしい。切なくも不屈の意志を感じさせるエピソードからは、信じるものを得た人の心の強さが垣間見える。

こうして日本の伝統的宗教と共生しているうちに、いつしか信仰の形も変容をみせた。古くは山岳信仰の霊山であった安満岳も、潜伏キリシタンのオラショ(祈り)では“安満岳様”と呼ばれ、敬われる対象となる。禁教令が解けた後もカトリックへ復帰しなかった者たちを「かくれキリシタン」と呼ぶが、春日集落もその在り方を選択。教会を持たず、安満岳様を拝み続け、オラショを捧げた。

2018年に作られた案内所「かたりな」には、末裔の方々が語り部として常駐。お茶や手づくりの漬物などのもてなしを受けながら、言い伝えなどを聞くことができた。苦難をのり越えた神のしもべの里では、ふれあう笑顔までがやさしい。

潜伏キリシタンの
最高の聖地

中江ノ島(なかえのしま)

中江ノ島(なかえのしま)

また集落の近くには、もう一カ所の構成資産・中江ノ島(なかえのしま)がある。宣教師や信者たちが処刑された、殉教の地。こちらも島そのものが信仰の対象となり、病の治癒を願ったりしたそうだ。岩からしみ出す聖水を採取する「お水取り」は、神聖な儀式として今なお伝えられている。
小さな無人島だが、大きな嘆きをのみ込んだ歴史を知るだけに、私の目からも特別な存在に見えてくる。せめて殉教者の眠りが、安らかであるようにと願った。

潜伏キリシタンの最高の聖地・中江ノ島は、クルーズ船で海上からの見学が可能だ。

世界に開かれた
東西文化の交流地

「日本の100名城」の一つ平戸城

「日本の100名城」の一つ平戸城

16~17世紀、平戸はヨーロッパ諸国やアジア各地との、国際貿易都市として繁栄。オランダ商館が長崎出島に移転するまでの約100年、世界への扉として栄華を誇ったという。
江戸時代は、平戸藩松浦氏の城下町。港に突き出た山の頂に、市内を一望する平戸城がそびえている。軍学者・山鹿素行(やまがそこう)の築城術を用いて建てられた平戸城は、丘陵や山に築城される平山城(ひらやまじろ)だけに、天守閣からの眺望がすばらしい。三方に青く輝く海が広がり、眺めているだけで満足で、シャッターを切るのを忘れるほどだ。城内には平戸藩時代の遺品や文化財の他、潜伏キリシタン関連の品も展示されている。

その平戸城だが、この春リニューアルオープン。天守閣の展示コーナーは、最新のデジタル技術を取り入れた、よりエンターテイメントな空間となっているらしい。併せて櫓(やぐら)の一つ「懐柔(かいじゅう)櫓」を日本100名城初となる常設の宿泊施設(城泊)に改装し、開業したとも聞く。
海外にも古城ホテルは数あるが、日本の城はまた趣きが違うはず。殿様になった気分を、味わってみてはいかがだろう。私も次に訪れるのが、今から楽しみになってきた。

平戸オランダ商館

平戸オランダ商館

対岸には、繁栄期の象徴のような平戸オランダ商館がある。平戸オランダ商館は、日蘭交流の歴史の中で最も繁栄した時期に建てられ、徳川幕府の命で壊された。
海に面して立つ白壁の洋館は、2011年に復元された、日本初の西洋石造建造物といわれる大型倉庫。外観や構造はオランダ、屋根などの一部に日本建築の技術が使われているのが特徴だ。その壮麗でモダンな佇まいからも、貿易港として文化の最先端だったことがよくわかる。中は資料館になっていて、当時の交易の様子を紹介している。

寺院と教会の見える風景

寺院と教会の見える風景

海岸通りから石畳の坂道を上ると見えてくるのは、ここにしかない一枚絵。観光パンフレットなどに必ず載っている、一つのフレームに西洋と東洋が融合した「寺院と教会の見える風景」だ。手前には光明寺・瑞雲寺のかわら屋根が重なり、向こうに平戸ザビエル記念協会の尖塔(せんとう)と十字架が望める。
東西文化の交差点だった平戸の歴史が、リアリティを持って迫ってくるスポットといえるだろう。世界との玄関口だった町だからこそ写せる風景だ。

漁師町の郷土食と
南蛮直伝スイーツ

絶品「鯛茶漬け」

絶品「鯛茶漬け」

一休みには、やはりグルメを楽しみたい。
おすすめは、伝統の味・鯛茶漬け。豊かな海産物を誇る土地だけに、魚の王様・鯛の刺身をお茶漬けにしたものが郷土食なのだ。
漁協直営の「旬鮮館」では、定置網から直送して浜値で提供してくれる。ごま醤油に鯛を漬け込み、味をなじませ、熱いお茶を注いでいただく。最高!

約400年の伝統の味「カスドース」

約400年の伝統の味「カスドース」

また銘菓もいろいろあるが、まずはカスドースが筆頭だろうか。
カステラを卵黄にくぐらせ、糖蜜で揚げた南蛮菓子で、ポルトガル由来。当時の日本では材料が貴重品ばかりで、殿様だけの楽しみだったという。宣教師がレシピを教えたと伝えられ、甘さと共に歴史の深みが味わえる。
異国文化の最先端だった平戸ならではの南蛮直伝スイーツだ。

希望の力を、この地から

平戸ザビエル記念教会

平戸ザビエル記念教会

長崎県の教会の数は、全国一位。平戸にも多くの教会があるが、ここは先ほど遠目に見た平戸ザビエル記念教会に足を運ぶ。緑の配色と、ゴシック様式の外観が印象的だ。
観光客で賑わっているが、中に入るとステンドグラスを通したやさしい光と静寂な空気に満ちて、祈りの場であることを実感させられる。秀麗なランドマークである平戸ザビエル記念教会は、町のどこからでも見えるようにと、高台に建てられたという。
2006年には献堂75周年とザビエル生誕500年を記念して、フランスのルルドの泉を模した「ルルド」も築かれている。

ザビエルの像

ザビエルの像

聖堂脇には、献堂40年を記念して建てられた、聖フランシスコ・ザビエルの像がある。3度に及ぶ訪問で平戸と縁深い聖人は、時を超えて今も人々を導いているかのようだ。

元は大天使聖ミカエルに捧げられた平戸カトリック教会だったが、ザビエルの像が建立され、聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂と呼ばれるようになり、近年、現在の名称に改められた。

教会を見上げ、改めて約250年に及ぶ禁教の時代に想いを馳せる。
苦しみばかりに目を向けがちだが、潜伏キリシタンはオラショを守り通した。一般社会とも交わり、より善く生き、最後には信仰の自由を手にした。その来るべき明日を信じ続ける心の強さこそ、今の私たちにも必要なのではないだろうか。希望への力を、この地は教えてくれた。

ゴシック様式の尖鋭な屋根と十字架

ゴシック様式の尖鋭な屋根と十字架

今回登場した作品

文学・映画『沈黙』

江戸時代初期の苛烈なキリシタン弾圧を背景に、渦中のポルトガル人司祭の姿を通して神と信仰の意義を主題に描かれた歴史小説。海外からも高い評価を得た、戦後日本文学の傑作である。
英作家グレアム・グリーンから絶賛され、2016年には深い感銘を受けたという米監督マーティン・スコセッシにより映画化。世界13カ国語で翻訳されている。

かくれキリシタンの聖地・中江ノ島

かくれキリシタンの聖地・中江ノ島