明治日本の産業革命遺産・軍艦島

Cedyna News for Premium Members 3月号より

2015年に文化遺産として世界遺産に登録された軍艦島と呼ばれる小さな島は、長崎県長崎市(旧高島町)にあり、かつてその海底炭鉱により繁栄を極め、島内の施設だけで何不自由なく暮らせる完全な都市として機能していました。1974年に閉山されてから長い間立ち入りが禁止されていましたが、2009年に一般観光客の上陸が許可されて以来、各ツアー会社が軍艦島への上陸ツアーを運営し、他には見ることのできない独自の絶景が人気を集めています。
人を惹きつけて止まない軍艦島。世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏が島へと渡った日も多くのツアー客の姿がありました。

壮大なるノスタルジー
軍艦島を訪ねて

壮大なるノスタルジー軍艦島を訪ねて

世界遺産といえば、悠久な大自然であったり、神社仏閣のような歴史的建造物だったりを思い浮かべるが、今回訪れるのは長崎県の端島(はしま)。通称・軍艦島と呼ばれる、世界文化遺産の中でも「明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして登録された、日本近代化の象徴のような存在だ。 東西に約160m、南北に約480m。この小さな島が、日本の近代化を大きく牽引した。

個人での自由な上陸は許されていないのでツアーで行くしかないが、ガイドがついて説明してくれるので、見所がわかって便利でもある。さっそく、長崎港からクルーズ船に乗り込む。ツアー客には若い人も多く見られ、観光スポットとして人気が高いことがうかがえる。

最先端技術が集う海底炭鉱

最先端技術が集う海底炭鉱

そもそもの成り立ちは、海底に良質な石炭が埋まっているのを発見されたことに始まる。明治に入り、急激な産業革命を推し進めるためのエネルギー源として、いくらあっても足りない石炭を得るために、埋め立てに次ぐ埋め立てで島を拡張。大勢の炭鉱で働く人やその家族が住むため、大正時代には日本初の鉄筋コンクリートのアパートが次々に建てられた。
そうして生まれた、塀に囲まれた高層アパートが立ち並ぶ姿は、遠目で見ると軍艦「土佐」とそっくりに。これが軍艦島と名付けられた由縁である。

創造欲を掻き立てる健物群

第一見学広場にて

第一見学広場にて

天候によっては上陸できないという話でハラハラしたが、無事に第一歩を踏む。3箇所の見学広場は島の南側の一部に限られているが、貯水槽や第2竪坑跡、レンガ造りの総合事務所、そして前述の日本最古の7階建鉄筋アパート30号棟など、被写体には事欠かない。写真の左にあるのは島内最大の鉱員住宅・65号棟だ。
中央には厳選された石炭を蓄えるための貯炭ベルトコンベアーがあったが、今は支柱のみが残る。右奥の白い壁は端島小中学校。建物は老朽化が激しく日々姿を変えている。

遺産というにはまだまだ生活の名残りが色濃く、近代化を下支えした人々に想いを馳せる。最盛期には約5,300人もが暮らし、人口密度は世界一ともいわれた。生活のすべてを島内でまかなえる理想の炭鉱都市として栄えたが、時代は移る。国の主要エネルギーは石油へと変わり、1974年に閉山。全住民が去り、島は眠りにつくこととなった。

第二見学広場にて

第二見学広場にて

だが目の前に広がる無人の建物群は、空虚にして壮大。何とも魅力的で、不可思議な引力を感じる。
だからだろう、さまざまな創作物の舞台とされ、2012年公開の『007スカイフォール』のセットモデルとなったことでも有名だ。主演のダニエル・クレイグが希望したとか、スタッフがロケハンしたとか、かなりの話題となった。撮影そのものはロンドンでのセットとなったが、エンドロールには謝辞と共に漢字で「軍艦島・長崎市」と表記されていると聞く。帰ったら、実際の景色と比較しながら観るのも面白いかもしれない。

最新デジタル技術で追体験

軍艦島デジタルミュージアム

軍艦島デジタルミュージアム

歴史を支えてきた現場に立ち、その感動を胸に長崎港に戻る。次は気分を新たに、松が枝国際ターミナルからすぐ近くの、軍艦島デジタルミュージアムで遊ぶのがおすすめだ。
往時の島内の様子や、上陸ツアーでは見ることのできない立入禁止区域などを、巨大スクリーンやプロジェクションマッピングで体感できる。特にホロレンズを使用したバーチャル体験型ゲームができるのは、日本ではここだけ。さっそく挑戦したが、これは楽しい。当時の島を探索しているようで、まるで住民になったかのような感覚だ。

近代史の遺産を未来へつなぐ
進取の気風の街・長崎

旧グラバー住宅

旧グラバー住宅

この街は本当に坂が多い。ゆるゆると南山手の丘を登ってゆくと、もう一つの産業革命遺産が見えてくる。長崎を代表する観光名所「旧グラバー住宅」。現存する最古の洋風木造建築であると同時に、最初の和洋折衷建築といわれる、美しい洋館だ。
たとえばコロニアルスタイルの広く開放的なベランダは洋、覆う屋根は瓦葺きで厄除けの鬼瓦までもが設えられているという和。住人もまた、スコットランド出身の商人トーマス・ブレーク・グラバーと、日本人のツル夫人。建物も人も、和と洋の幸せな融合がそこに見られる。

若くして幕末の日本へと渡ってきたグラバーは、炭坑や製鉄業で財を成し、五代友厚や後藤象二郎など多くの志士たちと交流。船や最新の重火器を輸入して彼らに売ることで、維新を手助けしたとして知られる。幕末ものの映画やドラマによく登場する、歴史的人物だ。さらに維新後も実業家として、明治日本の産業革命に多大な貢献をし、晩年には外国人で初となる勲二等旭日重光章(くんにとうきょくじつじゅうこうしょう)を受勲している。

訪れた時は約50年ぶりの保存修理工事中で、邸内の参観はできなかったが、特設展望デッキから工事の様子を覗くことができる。
またグラバー園には、他にも時を超えて佇む貴重な建物が集められている。明治時代の長崎の面影を味わいつつ散策するのも、遺産を巡る旅らしいひと時だ。

和と洋の美味しい融合

中国料理 四海樓の「ちゃんぽん」

中国料理 四海樓の「ちゃんぽん」

長崎グルメは数あるが、今回選んだのはちゃんぽん。発祥の店といわれる「中華料理 四海樓(しかいろう)」にお邪魔した。
日本全国にあるチェーン店で気軽に食べられるちゃんぽんだが、やはり本場での一杯は格別だ。熱々を一気にすする。うまい!早春の街歩きで冷えた身体に、温かさが沁みわたる。
もとは明治時代に、貧しい中国人留学生のために店主が考案した、安くてボリュームがあり栄養満点の中華風うどん。福建省の麺料理をルーツとされる。それが日本人にも広く愛され、郷土料理へと育っていった。古くから外国との玄関口として栄え、進取の気風あふれる土地ならではの、和華折衷料理といえるだろう。

今なお輝きに満ちて

稲佐山からの大パノラマ

稲佐山からの大パノラマ

旅の終わりに、稲佐山の展望台に足を運ぶ。日本新三大夜景の一つであり、1,000万ドルの夜景といわれ2012年には香港、モナコと並んで世界新三大夜景にも選ばれた、見事な大パノラマ。起伏に富んだ地形の街だけに、他にはないダイナミックな夜景が鑑賞できる。ロープウェイの、夜10時までの運行も嬉しい。360度ガラス張りのゴンドラからの眺めは幻想的で、光の海を渡っているかのようだ。

映画 007 スカイフォール

日本近代化の礎となった遺産を抱える地は、今なお輝きに満ち、訪れる者の心を魅了し続けている。

今回登場した作品

映画 007 スカイフォール

いわずと知れたスパイアクション映画シリーズ23作目として、イギリス・アメリカ合作で製作。 2012年公開で、主演はダニエル・クレイグ。いつにも増して波乱万丈のストーリーで、ジェームズ・ボンドは冒頭で瀕死に陥り、属する組織までもが存続の危機に立たされる。もちろん最後は敵を倒し、新たな任務を笑顔で請け負うところで終わる。劇中に登場する敵のアジト「デッド・シティ」こそが、軍艦島がモデルだ。