白川郷・五箇山の合掌造り集落

Cedyna News for Premium Members 1月号より

北海道の有名な観光地である知床。細長い半島の中央に1,600メートル級の山々が連なり、急峻な地形に多くの川が流れ、高地から低地それぞれの生きものに適した生息環境を整えているとされています。豊かな自然環境が世界遺産に登録されたゆえんです。世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏が知床を訪れたのは、もっとも厳しく、もっとも大自然の壮大さを体感できるであろう真冬。命の営み、生きるということに想いを馳せる旅となりました。

北の国に生きる動物たち

北の国に生きる動物たち

北海道東部に位置する知床半島。アイヌ語で“大地の突端”を意味する「シリ・エトク(sir etok)」に由来するといわれるその名の通り、オホーツク海に突き出した半島だ。半島中央部には知床岳、知床硫黄山、羅臼岳(らうすだけ)などの知床連山がそびえ、その東側は漁港として栄える羅臼町、西側はオホーツク海に面する斜里町(しゃりちょう)である。

1981年に放映が開始された倉本聰原作・脚本のテレビドラマ「北の国から」。21年にわたって制作された作品の最終話「2002遺言」は、富良野とともに知床・羅臼町が舞台となった。漁港を中心に冬の羅臼の風景が映し出され、美しくも厳しい自然の中で倹(つま)しく暮らす姿が印象的だった。

北の国に生きる動物たち

知床は2005年に世界自然遺産として登録された。その範囲は半島の中央部から先端の知床岬、さらにその周辺の海洋を含めた約7万1,000ヘクタール。手つかずの自然が残り、ヒグマやエゾシカ、キタキツネなどの陸上生物のほか、シャチやアザラシ、トドなどの海洋生物が生息する。

冬の知床を撮影すべく訪れた私は、降り積もる雪の中、エゾシカに出会った。寒さをものともせず食べ物を探すその姿には、愛らしい表情の中にも、厳しい自然に生きるたくましさを見た。
一時は頭数減少で保護されていたエゾシカだが、今は車や列車での移動中にも見かけることが多くなった。

流氷がもたらす生命の連鎖

流氷がもたらす生命の連鎖

知床の生物を育む重要なもの。それは1月下旬頃から知床に漂着する流氷だ。
北海道、千島列島、カムチャッカ半島に囲まれたオホーツク海は周辺海域から隔離されたような形となり、周囲よりも水深が浅い。ロシアのアムール川から流れてくる大量の淡水により、表面に低塩分の層が生まれ、そこにシベリア大陸からの冷たい北風が吹き抜ける。冷やされた海面が凍り、流氷が発生するという。このような条件が揃うことで、北半球ではオホーツク海が流氷発生の南限といわれるそうだ。

流氷がもたらす生命の連鎖

こうして生まれた流氷には、たくさんの植物プランクトンが含まれる。そして海面に氷ができると水面下では対流が起こり、下層の栄養分が表層に上がって植物プランクトンが増殖する。それをエサに動物プランクトンが増え、さらにそれを小魚が食べ、その小魚をより大きな魚や海獣、海鳥などが食べる。この食物連鎖が海の生物たちの命を繋いでいく。
そして、海の恵みを蓄え育ったサケは生まれた川を遡上(そじょう)し、そのサケがヒグマなど、山で生きる動物たちの糧となる。死骸は土にかえり知床の森を育む。山からの栄養が川を流れ、やがてまた、海に向かう。
この、循環する海と陸の一連の生態系が明確にわかる場所が知床であり、世界自然遺産に登録されたポイントのひとつでもあるという。「北の国から 2002遺言」の中でも、先生が児童にこの生態系について教えるシーンがあった。

流氷の景色を写真に収めるため、網走港から出港する流氷観光砕氷船(さいひょうせん) 「おーろら」に乗り、海を覆い尽くす流氷を真近に眺めた。空の青を映して漂う氷の固まりが果てしなく続く、凍てついた「無」の世界。その下に生命がみなぎっていることを思うと、自然の神秘を感じずにいられない。

知床の環境が生む生物多様性

日本最大級とされるオオワシ

日本最大級とされるオオワシ

生態系が維持されている知床半島には、数多くの野生動物が生息する。希少な動植物も多く存在しており、絶滅危惧種のシマフクロウや越冬のために知床にやってくる渡り鳥のオオワシ、オジロワシなどもいる。植物では知床の固有種、シレトコスミレなども挙げられる。

海中にはホッケやスケトウダラなど魚たちの産卵場があり、多くの河川でサケの遡上が確認される。トドやアザラシ、クジラ、シャチなど、さまざまな海の生物を見ることができる。海と陸の生態系が、希少な生物との出会いをもたらしてくれるのだ。

羅臼港から出港する観光船「エバーグリーン」

羅臼港から出港する観光船「エバーグリーン」

知床半島やその近隣からは、船上から流氷を見ることができるアクティビティーがあるので体験してみるのも楽しい。流氷で埋め尽くされた海を、氷をかき分けながら船で進んでいくさまは迫力満点だ。
堂々たる大翼を広げて飛来するオオワシや、流氷の上でくつろぐアザラシを、真近に見ることができる。

知床の環境が生む生物多様性

また、保温性と浮力のあるドライスーツを着て、流氷の上を歩いたり、氷の海に浮かんだりできるツアーもある。大自然の中に飛び込むまさに非日常の体験は、この時期、ここでしか味わえない。

そして陸地にはヒグマやエゾシカを見ることもできるだろう。人間も暮らす知床では、野生動物との共生が実感できる。

自然の恵みに舌鼓

「いさみ寿司」の知床海鮮丼

「いさみ寿司」の知床海鮮丼

極寒の中のアクティビティーを楽しんだ後は、ぜひとも腹ごしらえをしたい。ウニやイクラ、キンキにブドウエビ、ボタンエビなど、海の幸満載の海鮮丼はいかがだろう。

オホーツク海側の斜里町は、17年連続サケの漁獲量日本一を誇り、根室海峡に面する羅臼町は、高級品として知られる羅臼昆布や、その昆布をエサにするエゾバフンウニの産地だ。そんな知床名物の海鮮も、この豊かな生態系が私たちにもたらしてくれる自然の恵み。じっくり噛みしめて、口いっぱいに広がる旨味を堪能したい。

人間も自然の中に生きている

人間も自然の中に生きている

この知床の自然が変わらず残るには、環境を守り続ける地元の人たちの努力があってこそ。現在、国と道、そして羅臼町、斜里町が連携し、自然環境保全に努めている。科学的な調査にもとづいた保護管理体制なども充実しているという。

1977年に斜里町で始まった「しれとこ100平方メートル運動」では、当時乱開発の危機にあった、知床国立公園内に放置されていた開拓跡地の買い取りのため、寄付を募った。これは全国から賛同を得て、1977年にはほとんどの土地を買い取ることができたという。その年、「100平方メートル運動の森・トラスト」と名称を変えて、原生の森を復元し、生態系の再生を目指すという一歩進んだ活動を始め、現在も続けている。

自然を守り、森を育てることで多くの生物が生息し、そこに寄り添うように人が生活する。「北の国から 2002遺言」のエンディングで訴えた“生きるために自然から少しだけ頂戴し、謙虚で慎ましく”という言葉が思い返される。

自然を守り伝える
人と動物が共存する場所

自然を守り伝える人と動物が共存する場所

羅臼町にある羅臼国後展望台からは、国後島(くなしりとう)を真近に望む。根室海峡にはスケトウダラ漁の船も見える。豊かさをたたえた知床の海をオレンジ色に染め上げて、国後島の向こうから朝日が昇る。今、この瞬間もたくさんの命が息づき、自分もそのひとつなのだということを噛みしめた。

今回登場した作品

TVドラマ 北の国から 2002遺言

倉本聰原作・脚本の人気テレビドラマシリーズ最終話。東京から移り住んだ主人公、黒板五郎(田中邦衛)とその子どもである純(吉岡秀隆)、蛍(中嶋朋子)2人の成長を21年にわたって富良野を舞台に描いた作品の集大成。青年になった息子・純が牧場経営で借金をし、富良野を出て知床・羅臼町で働くことに。2人の子どもの人生を描きつつ、父・五郎が子どもたちへの遺言をしたためる。自然とともに生きる人間の営みを描いた作品。