古都京都の文化財

Cedyna News for Premium Members 11月号より

今号から始まる新シリーズ「THE STAGE 日本の世界遺産、その舞台を訪ねて」はタイトルの通り日本で登録されている世界遺産の中からアート・芸術にゆかりのある場所を選び世界遺産フォトグラファー・三田崇博氏とともにその舞台をめぐります。

初回は京都、世界遺産としては「古都京都の文化財」の一つですが、京都市・宇治市・滋賀県大津市にまたがり、16寺1城、計17の世界文化遺産で構成されています。
四季折々、人々を魅了する古都、三田氏が訪れたのは紅葉が燃ゆる深秋でした。

紅葉の海に浮かぶ、秋の清水寺

清水寺のライトアップ

清水寺のライトアップ

千年の都、京都。幾多の歴史ある寺社仏閣が並び、これらが世界文化遺産として登録されている。その数なんと17。常より賑わう古都だが、紅葉シーズンにはより多くの人々が訪れ、その美しさに酔いしれる。

日本の伝統色に紅葉色(もみじいろ)なるものがある。平安装束の襲(かさね)の色目「紅葉(もみじ)」に由来するともいわれ、色づく楓の濃淡ある重なりを表すという。古来、日本人はこの微妙な色の違いを楽しんだのだろう。近年は夜間のライトアップも盛んで、宵闇に浮かび上がる幻想的な紅葉の色は、平安の人が見たらびっくりするのではないかと思う。

京の紅葉の名所の一つ、世界遺産・清水寺。清水の舞台として知られる本堂からは、約1,000本のモミジが観賞できる。眼下に広がる紅葉の海、そしてはるかに望む京の街並み。夜間のライトアップでは、観音菩薩の慈悲を表現した青いサーチライトの下、厳かにも艶やかに燃え上がるよう。昼とはまた違った、息を飲む美しさだ。

音羽(おとわ)の滝にまつわる落語と清水焼

東山の奥、自然に囲まれた清水寺の名は、背後の音羽山から流れ出る「音羽の滝」に由来する。この滝には観音菩薩の化身である龍が、夜ごと飛来して水を飲むという伝承がある。滝の水は延命水とも呼ばれ、清めの水として信仰を集めている。
この音羽の滝のそばには茶店があり、拝観の休憩にちょうどいい。そして、ここを舞台に始まる落語がある。戦後に途絶えてしまい、三代目桂米朝が復活させた「はてなの茶碗」だ。有名な茶道具屋が、茶店で茶碗から水が漏ることに、はてな?と首を傾げる。それを見たうっかり者の油売りにより、安物の清水焼がめぐりめぐって大金に化け、さらに…という滑稽噺(こっけいばなし)である。

清水焼は清水寺へ向かう五条坂あたりに窯元が多く、その名で呼ばれるようになったという。陶工の数だけ種類があるといわれるほど手法は幅広く、高級品から普段使いの器までさまざま。多様なデザイン性や繊細な装飾性あふれる色彩に、京の感性が表れているように思う。

落語をモチーフにした清水焼

落語をモチーフにした清水焼

清水寺へは、清水坂や五条坂のほか、二年坂、三年坂などが通じるが、いたるところに風情ある建物の土産物店や喫茶店などが並ぶ。清水焼を扱う店もあり、立ち寄ってその色どりを眺めるのも楽しい。三年坂にある京焼・清水焼の店、松韻堂では落語「はてなの茶碗」をモチーフにした茶碗も販売されている。

河井寛次郎記念館

河井寛次郎記念館

五条坂を下った五条通近くには、陶芸家で文筆家でもあった河井寛次郎の記念館がある。寛次郎の「用の美」を意識した暮らしの中に溶け込む作品は、躍動感あふれる独自の文様などが施されているのが特徴。彫刻や書などの分野でも活躍し、柳宗悦(やなぎむねよし)や濱田庄司らとともに民藝運動を起こした人物だ。
元は住居兼仕事場であった建物に、家具や調度品がそのままに保存され、作品とともに往時の暮らしや制作の痕跡を見ることができる。

味覚の中にも紅葉を楽しむ

「二條若狭屋」の生菓子

「二條若狭屋」の生菓子

京の魅力は歴史的建造物や陶芸といった工芸品だけではない。食もまた、京都の魅力をけん引する。
二条城近く、四代続く老舗「二條若狭屋」は時代に合わせた和菓子作りで評判を呼ぶ。初代は明治33年のパリ万国博覧会に工芸和菓子を出品。以来、伝統を守りつつ創作和菓子も数多く生み出している。四季折々の色を投影した和菓子は、口に運ぶのが惜しいほど。「もみじ狩り」のような紅葉の葉の襲の色目を見事に表現した姿に、思わず見とれてしまう。店では喫茶もできるので、一休みしてはいかがだろう。

「京料理 藤や」秋の八寸

「京料理 藤や」秋の八寸

味覚とともに、器の色や形で季節をさらに楽しめるのが京料理だ。旬の食材を使い、季節に合わせた器に描き出す盛り付けは、まさに芸術。天保年間創業の京懐石の店「京料理 藤や」は老舗料理旅館「貴船 ふじや」の伝統を引き継ぎつつ、京都で採れる野菜を使った料理をリーズナブルに提供し、地元常連の方々に愛されている。

「京料理 藤や」松茸と鱧の土瓶蒸し

「京料理 藤や」松茸と鱧の土瓶蒸し

秋には、栗や子持ち鮎、松茸を使った料理が楽しめる。手をかけた旬の味とともに、季節の色が料理に反映され、器の上の紅葉を愛でながら、洗練された世界を五感で味わってみたい。

古都各地を彩る錦繍(きんしゅう)

瑠璃光院の通称「逆さ紅葉(もみじ)」

瑠璃光院の通称「逆さ紅葉(もみじ)」

京都市街を中心に回ってきたが、少し足を延ばしてみよう。
比叡山へ向かう叡山ケーブルの起点であるケーブル八瀬駅そば、高野川河畔にあるのが瑠璃光院だ。
もとは大正期に造られた別荘跡地で、12,000坪の敷地に大工棟梁、中村外二が手掛けた数寄屋造りの建物と、江戸時代から続く庭師の名跡、佐野藤右衛門による日本庭園を有する贅(ぜい)を凝らしたもの。
一般公開は春と秋のみだが、プロアマ問わずカメラのシャッターを切る音が絶えないフォトスポットとして人気を集めている。庭もさることながら、書院二階の漆塗りの机や床板に映り込む紅葉は「逆さ紅葉(もみじ)」と呼ばれ、見る人を虜にする。

晩夏の平等院鳳凰堂

晩夏の平等院鳳凰堂

瑠璃光院の本尊と同じく阿弥陀如来を安置するのが、京都市の南、宇治市にある世界遺産・平等院だ。平等院鳳凰堂は、藤原氏が権勢をふるった1053年、関白頼通によって建立された。十円硬貨にも描かれている鳳凰堂のシンメトリーな建築は、調和のとれた不変性があり、極楽浄土を想起させる。

朱塗りの鳳凰堂を映し出す阿字池(あじがいけ)を紅葉が囲む。水面に対になって映し出される様子を眺めていると、自然と心安らかになるようだ。私が訪れた時は、まだ色づく前の青い葉とのコントラストが美しかった。ここでもライトアップ拝観が行われるという。

嵐山渡月橋周辺の景観

嵐山渡月橋周辺の景観

晩秋の京都を彩る紅葉は、このほか各地で楽しめる。嵐山なども有名だろう。貸ボートに乗って川面から眺める紅葉もすばらしい。周辺には世界遺産に登録されている天龍寺もある。

自然の色を感じ、暮らしの中に生かす。日本人の色に対する感覚は、今も生かされているのだろうか。ファインダーをのぞく自分に問いかけつつ、シャッターを切った。

今回登場した作品

今回登場した作品

落語 はてなの茶碗

上方落語の演目の一つ。始まりは清水寺の音羽の滝のほとりにある茶店。京で指折りの茶道具屋が水漏れ茶碗に、はてな? と首を傾げるのを見て、値打ちものと早合点した油売りの男が茶道具屋に売りに行くが、値打ちのないただの茶碗とわかる。
しかし、このいきさつが話題となり、関白が歌を詠み、ついには時の帝が箱書きをして値は高騰。好事家がなんと千両もの大金を出し、油売りにも五百両の大金が舞い込む。これに味を占めた油売りのその後の行動がオチ。

工芸 清水焼

京都の窯でできた焼物全般を京焼といい、清水焼は清水寺参道、とくに五条坂界隈で焼かれていた焼物をいうが、時代が下るにしたがい、清水焼が京焼といわれるようになった。
経済産業大臣指定の伝統的工芸品の名称は「京焼・清水焼」。原料の陶土がほとんどとれないため、他から土を入れ独自のブレンドで作陶。焼物の一大消費地であった京都の目利きたちの期待に応えるため、繊細で趣きある、バリエーションに富んだ焼物が作られるようになった。