佐賀県唐津市

Cedyna News for Premium Members 9月号より

九州の北西部に位置し古くから大陸への玄関口として栄えてきた佐賀県唐津市。豊臣秀吉とゆかりの深い唐津城をはじめ、随所に歴史的名所・旧跡が残され人々を魅了しています。
空がかすかな秋色を見せはじめた頃、写真家・三田崇博氏も唐津城を訪れ、万葉歌故地鏡山と日本三大松原の一つ虹の松原を望み、いにしえのロマンに胸を躍らせたそうです。

悲恋伝説の姫が登場する歌はこちらです。

遠(とほ)つ人
松浦佐用姫(まつらさよひめ)
夫恋(つまごひ)に
領巾(ひれ)振りしより
負(お)へる山の名

(巻五・八七一 作者未詳)

遠い人を待つ松浦佐用姫が
夫を恋しさに領巾を振ったことから
名付けられた山の名です

松浦佐用姫物語を生んだ鏡山

玄界灘に面した佐賀県北西部に位置する唐津市。この地はもともと松浦(まつら)と呼ばれていたという。この地名、一説には「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する末盧国(まつらこく)ではないかともいわれ、古くから大陸とのつながりを感じさせる場所である。
冒頭の万葉歌もこの地名を冠した女性を歌ったもの。登場する松浦佐用姫の物語は、羽衣伝説や浦島伝説と合わせ、日本三大悲恋伝説といわれている。

朝鮮半島へ船出する大伴狭手彦(おおとものさでひこ)という男性との別れを惜しみ、標高284メートル、壱岐の島影をも望めるという鏡山の頂上から領巾(ひれ)を振ったとされる逸話にもとづく。ちなみに、領巾とは古代の女性が用いた両肩からかける布のことで、難を逃れる呪力があると信じられていた。
この話から別名、領巾振山(ひれふりやま)ともいわれているが、鏡山という名前も神功(じんぐう)皇后が山頂に鏡を祭ったという伝説に由来する。女性にまつわるエピソードの多い山だ。

鏡山から見る虹の松原

鏡山から見る虹の松原

山頂からは唐津湾はもちろん、その手前に広がる国の特別名勝・虹の松原、市街地の先に見える唐津城を眺めることができる。現在はドライブコースとしても親しまれ、山頂には展望台や芝生広場などが整備されている。眺望抜群の山頂は、地元の人ならずとも訪れてみたいスポットだ。

虹の松原を歩く

虹の松原を歩く

虹のように弧を描く松原の姿からその名が付いたという虹の松原は、長さ約4.5キロ、幅約0.5キロにわたり約100万本のクロマツが群生する。青い海と、整然と並ぶ深い緑をたたえた松原が美しい。

からつバーガー

からつバーガー

緑まぶしい松の林を歩いて行くと、気になるものに出会った。B級グルメとして市民に愛される「からつバーガー」だ。佐賀県産のビーフパテを使用し、甘みと酸味のバランスがほどよい特製ソースでいただくご当地バーガーで、焼きたてのバンズは外はカリッと、中はフワッとしていて美味。店舗を持たず、マイクロバスで販売している。鏡山を下山し虹の松原に行ったらぜひ食したい。

受け継がれるデザイン性

唐津城

唐津城

からつバーガーを満喫し、唐津城へと向かう。もとは豊臣秀吉の家臣・寺沢広高(てらざわひろたか)がおよそ7年の歳月を費やして建てた城で桜や藤のスポットとして知られる。別名、舞鶴城といわれるのは、城の東西に伸びる松原が両翼を広げた鶴のように見えるというのが由来だそうだ。北面を唐津湾に面する海城だが、興味深いのは小高い丘に建っており、河口付近の松浦川に架かる橋を渡って入城する。城の対岸から見ると、和製モン・サン=ミシェルのような雰囲気だ。唐津城の天守閣内は郷土博物館になっている。

寺沢広高は日本三大松原の一つである虹の松原の保護育成も行っていた。町を守るための土木事業に長けた城主であったといわれているが、センスも抜群だったのではとも思われる。

旧唐津銀行本店

旧唐津銀行本店

そのDNAは東京駅丸の内駅舎を生んだ唐津出身の建築家、辰野金吾(たつの きんご)に受け継がれたのかもしれない。辰野は鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドルに学び、のちに日本近代建築の父といわれるようになった。その彼が監修したのが、旧唐津銀行だ。竣工は明治45年。ちょうど東京駅を設計していた時期であった。建物のデザインは辰野が英国留学時代に流行していたヴィクトリアン様式の一つ、クイーン・アン様式を日本化した「辰野式」といわれている。

旧唐津銀行本店内観

旧唐津銀行本店内観

現在は辰野金吾記念館となっており、屋上の小塔や窓辺の装飾、正面三連アーチ、漆喰の天井飾りなど、辰野スタイルが継承されている。東京駅も改修され、往時の面影が蘇った。あわせて鑑賞したい建築物だ。

曳山展示場

曳山展示場

近くには唐津くんちで有名な唐津神社ある。秋季例大祭で市内を巡行する巨大な曳山(ひきやま)は、豪華な漆の工芸品でデザイン的にも秀逸。神社隣の曳山展示場には、作後100年を超える14台の曳山が展示されており、祭りの時期でなくともその迫力を味わえる。

美食の街・唐津で感じる異国の風

唐津焼

唐津焼

この地でデザインといってもうひとつ思い付くのが桃山時代からの歴史を誇る伝統工芸・唐津焼だ。一楽二萩三唐津といわれ、茶人たちから愛される唐津焼は、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、朝鮮陶工を連れ帰って技術を取り入れ、生産量を増したことでその名が広まったという。

美食の街・唐津で感じる異国の風

唐津駅近くには唐津焼協同組合が運営する唐津焼総合展示場・販売場がある。絵付け体験もできるというので、ぜひ立ち寄ってみたい場所だ。
唐津焼は「土もの」といわれ、シンプルでありながら力強く、焼き締まった風合いがファンを魅了する。そんな唐津焼を実際に使用してお茶を楽しめるのが基幸庵(きこうあん)だ。

基幸庵の喫茶メニュー

基幸庵の喫茶メニュー

唐津城に架かる舞鶴橋のたもとにある基幸庵は、唐津焼のみならず全国の伝統工芸品を扱うギャラリーであり、喫茶店でもある。お茶と結納品の店として始まったこの店は、オーナー曰く「唐津の魅力を知ってもらいたいと、県外の方には唐津焼の器でお出ししている」。唐津焼で味わう一服と甘味が、歩き疲れた体に染みわたる。

甘味といえば、佐賀県は羊羹(ようかん)の消費量が日本屈指。その理由は唐津の南東、小城(おぎ)市の銘菓である小城羊羹に起因するともいわれている。長崎の出島近くから佐賀を通って福岡まで続く長崎街道は、別名シュガーロードともいわれる。つまりは砂糖の道。南蛮人が長崎に伝えた砂糖や菓子作りの技法が、カステラや金平糖などの銘菓を生んだ。こんなところにも異国の影響が感じられる。

佐賀牛のステーキ

佐賀牛のステーキ

食でもうひとつ、忘れてはならないのが、やはり佐賀牛ではないだろうか。からつバーガーも佐賀県産の牛肉を使っているが、旅の締めには佐賀県産黒毛和牛の中でも条件を満たしたものだけが名乗れる佐賀牛をぜひとも賞味したい。その肥育方法は厳しく、飼料にもこだわり抜いているらしい。柔らかな赤身にきめ細かなさしが入り、食べると甘くとろけるような味わいで、噛まずして口中で溶けると評される。
そんな佐賀牛をステーキやしゃぶしゃぶで味わえるのが、牧場も手掛ける「佐賀牛なかむら」。牧場直営ということから鮮度もよく、丹念に育てた黒毛和牛が味わえると評判。ランチは1日10食限定だが、ステーキまたはしゃぶしゃぶが2,000円台で食べられるとはうれしい限りだ。

ふたたび故地へ

鏡山から見る唐津市街の夜景

鏡山から見る唐津市街の夜景

異国の文化を感じ、風光明媚な街を歩きつつ、美食を楽しむ。唐津を満喫した。

日暮れにもう一度、鏡山に登った。昼、青く美しかった海は、漆黒の中に輝く市街地の光を映し出し、右には緑色にライトアップされた唐津城が幻想的に浮かび上がっている。

山頂の佐用姫像

この海の先からさまざまなものを吸収してきた唐津。山頂の佐用姫像は、今も遥か海の向こうを見つめている。