エメラルドグリーンの海に浮かぶ白い砂浜が眩しい角島は、山口県下関市豊北町の沖に位置する小さな島です。遠浅の海が広がり、日本でありながら南国のリゾート地に来たかのような景色が広がります。海が一段と美しく、絶好の撮影日和となった夏の日。写真家・三田崇博氏はこの角島から長門市へ本州西端と足をのばし、景勝地と山海の恵みを楽しみました。
万葉歌人の恋物語、角島を舞台にした歌をご紹介します。
角島(つのしま)の
瀬戸の稚海藻(わかめ)は
人の共(むた)
荒かりしかど
我とは和海藻(にきめ)
(巻十六・三八七一 作者未詳)
角島の瀬戸のわかめは
他人には荒々しくてなびかなかったが
私には優しく素直であった
万葉歌に残る美しき海の恵み
三方を海と接する山口県。取り巻く日本海や瀬戸内海では、多種多様な魚介が揚がり、海の幸に恵まれた地域である。
県内にはいくつかの万葉故地があるが、下関市の北、日本海側にも『万葉集』に歌われた島がある。冒頭は、その角島での歌だ。島の面積は約4平方キロメートル。江戸から明治時代にかけては、日本海沿岸の港から下関経由で大阪へ向かう北前船の目印となる島であったという。島名は、牧崎と夢崎の2つの岬が牛の角のように見えることに由来。近くには多くの暗礁があるそうで、海上交通の難所といわれてきた。
そんな角島は中国地方の夏の行楽スポットとしても知られている。2000年に角島大橋が開通して、さらに多くの人が訪れるようになった。橋の全長は1,780メートル。島へまっすぐ延びる橋の姿と、エメラルドグリーンから深いブルーへと変わる海の色のグラデーションが爽快で、“インスタ映え”すると人気を集めていると聞く。
私もこの美しい風景を撮影してみた。冒頭の画像は本州から角島を写したものだが、橋から島へと光がまんべんなく当たる午前中から昼頃が、撮影するにはベストな時間帯ではないだろうか。
降り注ぐ光にキラキラと輝く海。この景色を万葉人も眺めたと思うと、実に感慨深い。
角島から長門へ。文化を訪ねて
元乃隅(もとのすみ)神社
角島から、日本海の波に誘われて下関市の隣の街、長門市へと向かう。
途中、これまたぜひ立ち寄りたい絶景スポット、元乃隅(もとのすみ)神社がある。創建者である網元が白狐のお告げにより造営したというこの神社は、商売繁盛、縁結び、開運厄除などの御利益があるとされ、パワースポットとして人気を集めている。そしてそれ以上に耳目を集めるのが、123基もの朱塗りの鳥居ではないだろうか。眼前に広がるコバルトブルーの海と断崖。色、構図とも絶妙の景観を生んでいて、思わずシャッターを切ってしまった。
元乃隅神社の賽銭箱
日本で一番入れにくい賽銭箱といわれる元乃隅神社の賽銭箱。6メートルほどの高さのある鳥居の額束(がくづか)に設置され、そこにうまく投げ入れられると願いが叶うとされている。
東後畑(ひがしうしろばた)棚田
棚田から見る漁火
元乃隅神社の近くには、日本海を望む約600ヘクタールもの広大な棚田がある。「日本の棚田百選」に選ばれた東後畑(ひがしうしろばた)棚田だ。夕暮れから夜にかけて、ここから眺めるイカ釣り漁船の漁火はなんとも幻想的で、絶好の撮影スポットだ。
金子みすゞ記念館
棚田を後にし、長門市中心部へと向かう。ここには下関漁港に次ぐ県内第2位の水揚げ高を誇る仙崎漁港がある。
仙崎出身の詩人に、若くしてこの世を去った金子みすゞがいた。彼女の代表作「私と小鳥と鈴と」は有名だが、ほかに「大漁」という詩がある。みすゞの作品の多くには、ここ仙崎の様子が書かれている。「大漁」は当時仙崎漁港で大量に水揚げされたイワシをモチーフにしたものだという。
金子みすゞ生誕100年(2003年)を記念してオープンした記念館は、幼少期を過ごした書店・金子文英堂跡地に建っている。長門市を訪れた際には足を運び、潮風とともに文学の香りを味わってみるのも一興だろう。
日本海の滋味を味わう
仙崎
仙崎漁港で水揚げされるものは、ケンサキイカやアジ、ウニ、アワビなどの近海物の魚介類が多い。ケンサキイカやアジは、旬の時期には「仙崎ぶとイカ」「仙崎トロあじ」などと呼ばれ高値で取引される。
せっかく来たのだから、近海物は味わっておきたい。
仙崎を代表するケンサキイカ
中心地から少し離れた場所に店を構える「旬処 いさ路」は、地元の人だけでなく多くの観光客も訪れる名店。オーナーである中村勇夫さんは、もと漁協の職員。市場に揚がる魚介類のほか、米や野菜、鶏肉なども地元食材を使う。地産地消にこだわった店なのだ。ここで味わえるイカのお造りは逸品。鮮度のよい透明な身は、舌にのせるとトロッとした触感ながら、噛めばコリコリ、口中に甘みが広がっていく。ゲソは焼いて、または天ぷらにして、いろいろな味が楽しめる。
長門名物やきとり
そしてもう一つ、長門を訪れたなら忘れてはならないというやきとり。漁業だけでなく、農業、そして畜産業でも知られる長門市は「7大やきとりタウン」のひとつとして知られ、とくにやきとりは有名だ。港町で鶏が名物とは意外な気がするが、この地域では古くから、水揚げされた魚でかまぼこが盛んに作られてきた。その製造過程で出る残渣(ざんさ)をエサに養鶏が行われたという。
そんな中で育まれたのが、コクとまろやかさが売りの「長州どり」、歯ごたえのある肉質と香りのよい「長州地どり」、出荷は週に一度という天然記念物・黒柏鶏の血を引く「長州黒かしわ」である。
市内に店舗を構える「ながと本陣」ではこの種の鶏のほか、お隣の萩市の「むつみ豚」や「長萩和牛」なども味わうことができるので、ぜひ立ち寄ってみたい。中でも長州黒かしわの胸肉やささみには、脳や筋肉の疲労回復を助ける成分イミダペプチドも豊富に含まれているそうで、旅の締めにはぜひ食してみたい鶏である。
角島から長門へ、本州西端を、景色もさることながら山海の恵みも存分に堪能する旅はいかがだろう。