琵琶湖

Cedyna News for Premium Members 7月号より

日本のほぼ真ん中に位置するとされる滋賀県。その中央に日本最大の湖・琵琶湖があります。悠々と水を湛(たた)える琵琶湖、四囲は緑深い山々や田園が広がり、季節の移ろいに織りなす美しい景観が楽しめます。写真家・三田崇博氏が琵琶湖を訪れたのは、緑匂い立つ夏の日。
静寂に包まれた湖畔から、有数を誇る歴史文化遺産を巡る旅となりました。

活力あふれる湖、行き交う水鳥の様を謳った歌をご紹介します。

磯の崎 漕ぎ廻(た)み行けば
近江(あふみ)の海 八十(やそ)の湊に
鵠(たづ)多(さは)に鳴く
(巻三・二七三 高市連黒人=たけちのむらじくろひと)

磯の崎を漕ぎまわり行くと、
近江の海のあちらこちらの港に
たくさんの水鳥が鳴いているよ

日本で唯一の古代湖

日本で唯一の古代湖

世界におよそ20あるといわれる古代湖。日本最大の湖・琵琶湖はそのうちの一つで、日本で唯一の古代湖だ。現在の形となってからは約100万年の歴史を刻むという。
古代湖の特徴は、水生生物の固有種の多さだといわれる。琵琶湖湖岸にも水生植物が多数生育し、魚のすみかとしても最適でニゴロブナやホンモロコ、ビワヒガイなど、たくさんの固有種が生息している。そして水鳥たちの楽園でもある。また貯水量が日本一であり、「近畿の水がめ」などと称されて人々の暮らしを支え続けている。

湖畔から望む夕景

湖畔から望む夕景。

琵琶湖は昔から水上の重要な交通路として栄えてきた。あちらこちらの港が舟で賑わっていたのだろう。鵠(たづ)とは、鶴や白鷺など大型の白い鳥を指すという。穏やかに揺れる水面。そこに行き交う鳥たちを見ていると、飛鳥時代の官人、高市連黒人が眺めたであろう、たくさんの水鳥が飛来して鳴き声を上げている様が感じられる。当時より活力にあふれた豊穣な湖であったことが伝わってくる。
古代、水鳥は霊力を持つと考えられていたようだ。景行天皇の息子、ヤマトタケルが白鳥になったという伝説も残っている。
景行天皇から二十数代を経た7世紀半ば、天智天皇は飛鳥から近江大津宮(滋賀県大津市)に都を遷した。騒然とした情勢の中、交通の要衝で豊富な産物に恵まれたこの地が、都として制定されたのはある種必然だったのだろうと思う。 数々の歴史ドラマに登場する琵琶湖だが、奈良に住む私は、天智天皇が都と定めた地の大いなる背景に興味を抱き、その息吹のようなものを写真におさめるべく、大津を訪れたのだ。

比叡山延暦寺と琵琶湖

朝焼けに浮かぶ浮御堂

朝焼けに浮かぶ浮御堂。

この写真は、湖の最狭部、堅田(かたた)にある海門山満月寺・浮御堂(うきみどう)。堂内には阿弥陀仏が千体あるとされ、千体仏といわれる。10世紀の終わり頃、延暦寺で修行を積んだ僧、源信が、比叡山から見ていた琵琶湖の湖上安全と衆生済度(しゅじょうさいど)を祈願し創建したといわれ、歌川広重の浮世絵、「近江八景・堅田の落雁(らくがん)」でおなじみとなっている。
湖上に浮かぶ浮御堂は、とくに朝夕の景色が幻想的だ。TOPに上げた写真は、朝日を受けて金色に輝く水面に、シルエットとなった浮御堂をとらえてみた。その凛とした美しさは、朝の英気をいっぱい吸い込んで飛び立とうとする白鳥の姿に重なった。

琵琶湖名産で一休み

琵琶湖でしかとれない天然モロコの佃煮

琵琶湖でしかとれない天然モロコの佃煮。

ウロリ・ヨシノボリなどとも呼ばれるゴリの佃煮

ウロリ・ヨシノボリなどとも呼ばれるゴリの佃煮。

さて、午前中に一休み。浮御堂の門前にある佃煮店、魚富商店に立ち寄ってみる。鮎、モロコ、ゴリ、イサザなど、地元堅田漁港で獲れた鮮度のいい湖魚を使い、保存料を一切使用せず、昔ながらの製法でつくっているという。湖魚というと、どこか生臭そうな感じがするが、琵琶湖の鮎は全国にも放流されているというほど美味。また、モロコはこの湖の王様ともいわれ、佃煮になってもほんのりと感じる甘みが後を引く。ウロコの食感が香ばしく、あつあつのごはんがほしくなる。

明智光秀ゆかりの地

西教寺から望む琵琶湖

西教寺から望む琵琶湖。

浮御堂から南にくだると、大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀が城主だった坂本城に着く。信長の比叡山延暦寺焼き討ちで功績をあげた光秀。その比叡山の監視を目的として築城された坂本城は、湖水を引き入れ、直接舟を出せた水城であったといわれる。しかし、安土城に次ぐ名城とされた城は明智光秀一族自らが火を放ち消失。今は石垣が湖底に沈み、往時をしのぶものもなく、一画がのんびりとした城址公園となっている。

坂本城址公園

坂本城址公園。

坂本には、坂本城や安土桃山城などの石垣を築いたことで知られる穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工集団がおり、その石積みの名残が街に残る。近くには明智光秀一族が眠る西教寺もある。

日本最長のケーブルカーで
比叡山へ

坂本ケーブル

坂本ケーブル。

坂本城近くからは比叡山に登る日本最長といわれる全長2,025mの坂本ケーブルが出ている。車窓からは眼下に琵琶湖の景色を一望できる。また、山の上から琵琶湖を眺め、光秀の時代に思いを馳せるというのもいいだろう。

延暦寺の釈迦堂(転法輪堂)

延暦寺の釈迦堂(転法輪堂)。

比叡山は伝教大師最澄による開創以来1200年にわたり、天台密教の総本山として君臨し、数々の歴史に彩られた聖峰だ。比叡山には延暦寺という建物はなく、比叡山そのものが延暦寺を表している。東塔・西塔・横川(よかわ)の3地区に分かれていて、西塔の釈迦堂(転法輪堂)は延暦寺内で最も古い建造物とされている。一日では到底まわりきれないであろう、まさしく歴史遺産の宝庫だ。

歴史を湛(たた)える琵琶湖

近江神宮

近江神宮。

坂本城からさらに南にくだり、近江神宮と三井寺(みいでら)を訪ねる。
近江神宮は皇紀2600年を記念して1940年に天智天皇を祀る神社として建てられた。小倉百人一首の1番目が天智天皇の歌であることから、競技かるた日本一大会が開かれるなど「競技かるたの殿堂」と呼ばれている。映画『ちはやふる』の舞台となったのでご存じの方も多いだろう。
近江大津宮の存在については長らく不明なことが多かったが、1974年、神宮近くで建物の一部とみられる遺構が発掘され、今はこの地に実在したことが確実視されている。

国宝の三井寺金堂

国宝の三井寺金堂。

天台寺門宗の総本山、三井寺も天皇ゆかりの寺である。天智天皇の孫、大友与太王(よたのおおきみ)が壬申の乱に敗れた大友氏の氏寺として創建した。天智・天武・持統天皇の誕生の際に産湯に用いられた霊泉があったことから「御井の寺」と呼ばれたのがその名の由来という。後に比叡山の智証大師円珍が天台別院とし、今に至っている。

三井寺の三重塔

三井寺の三重塔。

弥勒菩薩が祀られている金堂は国宝に指定されていて、他にも「近江八景・三井の晩鐘」に描かれた鐘楼や、徳川家康が寄進した三重塔など見どころが満載だ。
座禅や写経、山伏体験などができ、宿坊もある。その歴史を肌で感じることができると、多くの人が訪れているそうだ。

琵琶湖の恵みに舌鼓

大津魚忠 自慢の逸品

大津魚忠 自慢の逸品。

歴史を追いつつ散策してきたわけだが、最後にまた琵琶湖の恵みを食しておこう。大津には名物のうなぎが食べられる店がいくつかある。そのうちの一つが大津魚忠だ。ここで使用する国産うなぎは江戸焼きで、創業以来つぎ足してきたタレをかけて作る。蒸してさらにあぶるその身はやわらかく、とろけるような味わい。もっちりとした近江米とも相性がよい。

鮒寿司

鮒寿司。

そして琵琶湖といえば、万葉の時代からある鮒寿司。琵琶湖固有種のニゴロブナを使った鮒寿司は、現代の寿司とは異なり米と塩で作られる発酵食品で、熟成されたチーズの香りに似ているともいわれる。コクと酸味があり、その後に魚の味が広がる。好き嫌いは分かれるが、一度は食べてみるべき食の文化といえる。うなぎも鮒寿司もテイクアウトできるので、旅の途中の弁当にもよさそうだ。

ゆらめく水面に
悠久の歴史を思う

湖東からの夕景

湖東からの夕景。

琵琶湖は比叡山とともに日本史というドラマの重要なシーンに登場してきた、まさに激動の日本の中心舞台であった。しかし、そんなこととは無縁に今日も満々と水を湛える。そこがこの湖の懐の深さなのだろう。大いなる古代湖の湖畔にたゆたう歴史を思い、ゆっくりと時を踏みしめながら巡ってみてはいかがだろうか。