熊本県から鹿児島県にまたがる八代海は、万葉集に登場する南限の地として知られており、長田王が歌を詠んだ三ヵ所はどこも風光明媚な観光地として有名です。万葉歌人の足跡を辿る旅、写真家・三田崇博氏が最初に訪れたのは神の島といわれる水島です。梅雨時期にはめずらしく青く澄み渡った空と海、まるで三田氏の訪れを歓迎するかのような旅のスタートでした。
国指定名勝となっている神の島「水島」が登場する歌はこちらです。
聞きしごと
まこと貴(たふと)く 奇(くす)しくも
神(かむ)さび居(を)るか
これの水島
(巻三・二四五 長田王=ながたのおおきみ)
噂に聞いていたように
ほんとうに尊く
なんと神々しいことか
この水島は
不知火(しらぬい)海に
浮かぶ水島
九州本島と天草諸島に囲まれた八代(やつしろ)海は別名、不知火海といわれる波穏やかな内海である。不知火は夜、沖合に多数の火のようなものが並ぶ蜃気楼の一種といわれ、ヤマトタケルの父とされる景行(けいこう)天皇の九州巡幸の際にも現れたと『日本書紀』に記されている。
八代海は万葉集に登場する南限の地でもあり、熊本県八代市の水島と芦北町、鹿児島県阿久根市の三ヵ所が長田王によって詠まれている。いずれもカメラに収めたくなる風光明媚なエリアで、今回はこの万葉の故地を巡る旅をしてみたい。
冒頭の歌にある水島は、八代海に注ぐ球磨(くま)川河口近く、龍神社と肩を寄せ合う小ぢんまりした島だ。
景行天皇がこの地を訪れ、食事を召し上がる際に水がなく、小左(おひだり)という者が神に祈ると、不思議にも水が湧き出てきたといわれるパワースポット。現在は「不知火及び水島」として国指定名勝になっている。景行天皇の足跡を辿った長田王はこの伝説の地を訪ね、神々しさに感極まって歌を詠んだのだろう。
青空と凪(な)いだ海、はるか遠方に霞む天草諸島。青のグラデーションにぽっかり浮かぶ緑濃き神の島は、今ひっそりと佇み、何かを待っているかのようだ。歴史の息づかいが感じられる名所である。