岡城跡の桜

Cedyna News for Premium Members 4月号より

かつては岡藩の城下町として栄えた大分県竹田市、武家屋敷通りや八幡川横丁など風情ある街並みが魅力の観光地。そんな竹田の街を望める人気スポットが岡城跡です。
「日本さくら名所100選」に選定されている岡城跡の桜。毎年4月上旬には桜まつりが開催されています。写真家・三田崇博氏が竹田市を訪れたのも岡城跡の桜が見事に咲き誇るうららかな春の一日でした。

岡城跡から望める山が登場する恋の歌。
今回ご紹介するのはこちらです。

明日よりは
吾(われ)は恋ひむな 名欲山(なほりやま)
石(いは)踏み平(なら)し
君が越えて去(い)なば
(巻九・一七七八 城原娘子=きばるのおとめ)

明日から私は恋しく思うことでしょう
名欲山の岩を踏みならして
あなたが越えて行ってしまったならば

山々に囲まれた
岡城跡の桜

熊本、宮崎との県境にある大分県竹田市。北はくじゅう連山、西に阿蘇外輪山、南に祖母山系と、1000メートル級の山々に囲まれた自然豊かな地域である。市の北西、くじゅう連山に続く小高い山のひとつ、木原(きばる)山は別名を名欲山といい、冒頭の歌に登場する山といわれている。
恋の歌、惜別の歌として交わされる相聞歌に属すこの作は、任務を終え京に上る藤井連(ふじいのむらじ)へ、城原娘子が贈った一首。藤井連からの返歌もあり、ロマンチックな情景が目に浮かぶ。

“難攻不落”といわれた
天然の要塞

上空からの岡城跡

岡城跡をドローンで撮影。

そんな木原山や竹田の街並みを望めるスポットが岡城跡。海抜325メートルに築かれた天空の城として観光客の人気を集めている。
明治維新後の廃城令によって建物はすべてなくなっているが、往時を偲ばせる石垣が今も残る。城跡にはソメイヨシノを中心に、ヤマザクラやボタンザクラなど約1500本が植えられ、桜の名所としても知られている。
私が訪れた年は、例年になく桜の開花が早く、満開を少し過ぎた頃だった。空に浮かぶのどかな雲、咲き誇る薄紅の桜。そしてその境界に数百年の時を刻んだ城壁が輪郭を描く。時が止まったかのような華やかな春がそこに広がっていた。
風が吹くと、一面に花吹雪が舞った。

城壁

川岸からそそり立つその姿は、かつて“難攻不落”といわれた天然の要塞であったことを感じさせる。

音に導かれる
竹田の魅力

岡城跡の松籟

耳を澄ますと、城跡を吹き抜ける風に松の葉が細かく震え、サラサラという音が聞こえるという“岡城跡の松籟(しょうらい)”。「残したい日本の音風景100選」にも選ばれたが、最近、松が枯れてしまう事態に見舞われた。
市では現在、松の植樹と育成に励み、松籟の再現に努めている。写真では残せない音だけに、ぜひ聴いてみたいものだ。

松の植樹

松の植樹で “岡城跡の松籟”の再現も近い。

作曲家 瀧廉太郎が
暮らした地

瀧廉太郎と竹田市

この地で音といえば、日本における西洋音楽の草分け、瀧廉太郎を忘れてはいけない。彼は12歳から14歳までの多感な時期をこの竹田の地で過ごし、後に七五調の歌詞と西洋音楽のメロディーを融合させた「荒城の月」を作曲した。

瀧廉太郎記念館

瀧廉太郎記念館。

23歳で夭折(ようせつ)した作曲家が暮らした屋敷は今も市に残り、瀧廉太郎記念館として公開。
10代前半の2年間を過ごした屋敷では、手紙や写真のほか、直筆の譜面なども展示されており、生涯を紹介した15分間の貴重な映像も見ることができる。

風情ある
街並みを散策

武家屋敷通り

武家屋敷通り。

八幡川横丁

八幡川横丁。

記念館は、かつて岡藩の城下町として栄えた辺りに立つ。小ぢんまりとした城下町だが、武家屋敷通りや八幡川横丁など、江戸の町割を残した風情ある街並みが魅力だ。岡藩時代の面影を残す武家屋敷通りは、当時13軒の武家屋敷が120mにわたって連なっていたという。
一方、八幡川横丁は度重なる火災で当時の街並みはほとんど焼失したが、江戸時代末期に建てられたといわれる市内で最も古い商家が残っている。
自然に囲まれた街らしく、豆うちわやはがきを作る押し花体験などができる場所もある。
白壁に石畳の街でこんな体験ができるのもまたうれしい。

温泉に立ち寄り
小休止

竹田温泉花水月の露天風呂

竹田温泉花水月(はなみずき)の露天風呂。

竹田市は古くから知られる温泉地でもあり、市内には30以上もの施設がある。なかでも城下町の温泉として人気なのが「竹田温泉花水月(はなみずき)」。大浴場のほか、露天風呂、玄関そばには足湯も併設。無色透明でほぼ無臭、肌荒れや皮膚炎に効果があるといわれている。源泉温度は40.3度とやや低めだが、さらりとした湯は、昼の散策にちょっと立ち寄るにはうってつけ。私も小一時間、ゆっくり浸かって、旅の疲れを癒やした。

水の恵みに
あふれる竹田

白水の滝

白水の滝。

温泉だけでなく、竹田市は水もまたいい。くじゅう連山、祖母、阿蘇山系の伏流水が市のあちこちで湧き出ている。環境省の「名水百選」でも竹田湧水群と呼ばれ、透明度が高く、その水質の良さが評判だ。また、水の豊かな竹田には滝も多い。竹田市荻町陽目から熊本県阿蘇郡高森町にわたる場所にある「白水の滝」は、2007年7月26日に国の登録記念物に指定された。

清滝。

清滝。

豊後竹田駅から車で30分ほど、炭酸泉で有名な長湯温泉の北側に位置する「清滝」。その落差は40mともいわれ、岩からこし出た岩清水が細雪のように優雅に降り注ぐ。

滋味豊かな名物
「頭(あたま)料理」

御宿割烹「一竹」の「頭料理」

御宿割烹「一竹」の「頭料理」。

名水は稲作、野菜、果物の栽培にも活かされ、特産品として市内外の人々に親しまれている。
その名水を使った不思議な名物に「頭(あたま)料理」がある。海から遠く離れた内陸にある竹田市は、かつては海の魚がとても貴重だった。そのため、アラやハタ、クエ、ニベなどの大型魚の頭からしっぽまで、骨とウロコ以外はすべて食べてしまう料理を考案した。頭、内臓、皮など、部位ごとに分けて茹で、竹田の清らかな水にさらす。そして各部位ごと塗りの皿に盛りつける。見た目もとても美しい。それを、もみじおろしや刻みネギを入れた三杯酢でいただく。
「頭料理」を提供する店は市内にいくつかある。宿泊もできる割烹料理の老舗「一竹」もそのうちの一軒。浮き袋を食べると、はじめプニュプニュしていて、やがて口の中でとろけてしまう。他にも部位ごとのコリッ、シコシコ、ツルッといった独特な食感が楽しめる。ふだん味わうことのない滋味豊かな料理には、山間(やまあい)の都に暮らす人たちの知恵が詰まっている。

天空の城に咲き誇る桜、清らかな湧き水に滝の名所、豊かな自然と歴史が今も息づく竹田の春。おすすめの散策路といえよう。