雨晴海岸

Cedyna News for Premium Members 3月号より

『万葉集』の中でも「越中万葉」として分類される歌が詠まれた越中の国、現在の高岡市。西は西山丘陵や二上山が連なり、北東には富山湾、東は庄川・小矢部川と、深緑と清らかな水に包まれた自然豊かな地域です。
写真家・三田崇博氏が高岡を旅したのは、仰ぎ見る立山連峰がまだ雪深く、白銀に輝く時期でした。

数多い越中万葉歌の中から、今回ご紹介するのはこちらです。

馬並(な)めて
いざうち行かな
渋谿(しぶたに) の
清き礒廻(いそみ)に
寄する波見に
( 巻十七・三九五四 大伴家持=おおとものやかもち)

馬を並べて
さあ、出かけましょう
渋谿の清い磯辺に
寄せる波を見に

万葉の時代から愛される
景勝地・雨晴(あまはらし)海岸

雨晴海岸

雨晴海岸には義経岩、男岩、女岩がある。写真の松の木のある女岩の景色は、富山県を代表する絶景のひとつ。

富山湾に面した高岡。市を代表する景勝地が雨晴海岸である。その名は、源義経が奥州に落ちのびる途中、この地でにわか雨が晴れるのを待ったという話に由来する。
風景写真を撮る人たちなら、雪を頂いた3000メートル級の立山連峰と雨晴海岸のダイナミックな構図に一度はチャレンジしたくなるだろう。私もその思いを叶えようと、まだ肌寒い季節だったが、高岡へと足を運んだ。

雨晴海岸では立山連峰越しに朝日が昇る。その瞬間を狙うことにした。夜明け、まだ雲が厚めだったが、幸運にも一瞬、雲間から光が差し込み稜線に朝日が昇った。私はすかさずシャッターを切った。ドラマチックで美しい朝焼けの一枚となった。(TOPページの一枚)

大伴家持像

二上山にある大伴家持像。

遙か遠く奈良時代にも、この景色を愛でた歌人がいる。746年、越中国府(現高岡市)に国守として赴任した大伴家持である。冒頭の歌はこの地で最初に開いた宴のときに詠まれたものだという。
歌にある「渋谿」は雨晴海岸を指す。馬を駆って、すぐにでも名高い景勝地に行ってみたい! という逸(はや)る気持ちが伝わる上の句からも、着任してすぐこの地に魅入られたことがうかがえる。

大伴家持は『万葉集』の編者であるが、全歌数4516首のうち、彼の歌は473首もあり、万葉歌人の中でもっとも多い。しかも特筆すべきは、越中国に赴任してから帰京するまでの5年間で詠んだ歌が223首。なんと半分近くが越中での作なのだ。
さらに、家持の部下たちが詠んだ歌や、この地に伝わる歌などを加えると、337首にものぼり、『万葉集』の中でも特別に「越中万葉」として分類されている。

歴史を今に伝える高岡

高岡市万葉歴史館「春の庭」

高岡市万葉歴史館「春の庭」。1万m.に及ぶ敷地内には万葉ゆかりの草花や樹木が植えられている「四季の庭」がある。春の庭では、ウメやモモ、ヤマザクラなどが咲く。

高岡市万葉歴史館外観

高岡市万葉歴史館外観。

越中国府のあった高岡市伏木には『万葉集』と「越中万葉」をテーマにした高岡市万葉歴史館がある。『万葉集』を楽しく学ぶための展示・講演のほか、古写本や注釈書など貴重な史料を数多く収蔵し、万葉研究の中心的存在となっている。

高岡市万葉歴史館内

『万葉集』と飛鳥・奈良時代の日本文学に関する図書・研究論文約85,000冊、『万葉集』の断簡・注釈書・古写本などが収集・保存されている。

市民に愛される万葉線

万葉線

白銀の立山連峰を背に赤い車体がまぶしいアイトラム。

万葉線

愛おしい佇まいのレトロ電車。

高岡には「越中万葉」にちなんで名づけられた万葉線のトラム(路面電車)が走る。万葉線は、富山県・高岡市・射水市、地元企業の出資金に加え、多くの一般市民からの寄付金により設立された。
郷愁を誘うのどかな電車だが、車窓には立山連峰の巨大な壁のような景色が飛び込んでくる。家持もおそらくこの景色を眺めて暮らしていたのだろう。
長歌に「山はかずかずあるけれども、立山には常に雪があり…」というくだりも残している。

仰ぎ見るだけではなく
体感する立山連峰

立山連峰

立山黒部アルペンルートの道路を除雪してできる巨大な雪の壁「雪の大谷」。

称名滝(しょうみょうだき)

立山連峰の雪解け水が水煙を上げながら流れ落ちる、日本一の落差350メートルを誇る称名滝(しょうみょうだき)。

立山連峰そのものも被写体として写真家の心を騒がせる。立山黒部アルペンルート「雪の大谷」の高さ20mに及ぶ雪の壁や、落差日本一の滝といわれる称名滝(しょうみょうだき)など超日常のダイナミックな自然の風景が満載。そんな風土に、歌人やアーティストの精神を刺激する何かがあるのかもしれない。

越中の春を堪能する

高岡古城公園

水濠に囲まれた高岡古城公園。

もうひとつ、高岡の歴史と言えばやはり前田家。市の中心地にある高岡古城公園は加賀前田家二代当主利長が1609年に築いた高岡城の城跡である。約21万㎡を誇る広大な園内は築城時のまま残る3つの水濠で囲まれ、その面積は全体の3分の1に及ぶという。

   
高岡古城公園

高岡古城公園には18種類の桜約1,800本が植栽されている。毎年4月上旬~中旬に高岡桜まつりを開催。

公園は桜の名所としても知られており、「日本さくら名所100選」に選定されている。例年3月下旬頃、ここでしか見ることができない「高岡越の彼岸」という名の桜が開花する。
桜の開花より少し前、富山湾に春を告げる海の幸がある。ほたるいかだ。春になると産卵のため富山湾の岸近くに集まるという。

  
ほたるいか漁

ほたるいか漁の様子

  
ほたるいか漁

富山湾で最大のほたるいか漁獲量を誇る滑川(なめりかわ)漁港では、この時期、実際の漁を間近で体験できる「ほたるいか海上観光」を開催する。
夜明け前の暗い海がほたるいかの放つ青い光で輝き、幻想的な世界が繰り広げられる。一度は見てみたいこの地ならではの春の風物詩だ。

「海遊亭」ほたるいかコース

「海遊亭」ほたるいかコース。

ミュージアムにほど近い「海遊亭」では、塩辛や刺身、釜あげなど、ほたるいかを味わい尽くすコースがあり、春の味を楽しみたいならおすすめだ。
そのほか、白海老、あんこう、岩ガキなど、500種類もの魚介類が棲む天然のいけすもあり、富山湾の海の幸が味わえる。

万葉歌人に思いを重ねて

大伴家持像

高岡市の調べでは大伴家持像は市内に6体あるという。

家持ゆかりの地を歩き、見えてくる越中の歴史や文化。美しい自然に触れ、万葉ロマンを感じる旅――今春、ぜひ出かけてみてはいかがだろうか。