大正時代の面影を残す街並みとガス灯の明かりが、ノスタルジックな魅力を伝える銀山温泉。ドラマの舞台になった地としても知られる温泉街で、冬ならではのゆったりとした旅を楽しみました。
市街地からゆるやかな山道をたどると、まるでタイムスリップしたかのように突然、昔ながらの街並みが現れます。
江戸時代初期に銀山の鉱山作業員が偶然に見つけ、日々の疲れを癒やしたことに始まる銀山温泉。銀山が廃れた後も、人里離れた隠れ家のような湯治場として親しまれたそうです。
「今のような姿になったのは、大正2年の洪水がきっかけでした。銀山川の両岸にあった旅館や商店が流され、その後一斉に、当時流行した和洋折衷様式で木造の多層建築に建て替えられたのです」と教えてくださったのは、銀山温泉組合長の木戸裕さんです。
昭和元年、新たに良質な温泉が湧き出たことで街は活気づき、各旅館は鏝絵(こてえ)と呼ばれる漆喰のレリーフで建物を豪華に飾りました。鳳凰、富士山、四季の行事など色鮮やかな絵柄を眺めて歩くのも楽しいひと時です。
屋号に残る地名に
ご先祖のルーツが
「鏝絵と一緒に、ぜひ建物の屋号にも注目してください」と木戸さんに教わり、漆喰細工や木彫の看板を探してみました。
銀山で栄えた頃から、この街には富と成功を求めて日本中から人々が集まったといいます。木戸さんが当主を勤める「能登屋旅館」は石川、「旅館 松本」は長野にルーツがあるのだそうです。
「私たちも、『山形の温泉なのになぜ?』とよくご質問を受けます」という話を耳にしたのは、一息つこうと訪れた「そば処・酒処 伊豆の華」でのことでした。
築140年の古民家で
味わう蕎麦粉スイーツ
伊豆半島は江戸時代から金銀の採掘が盛んで、「そこから商人として渡ってきたのが当店の先祖のようです。店主の名字も代々"伊豆"なんですよ」とお店を切り盛りする娘の伊豆麗子さんが教えてくださいました。
もとは温泉街の入り口にあった食事処を8年前に移転。築140年の古民家を生かしたモダンな空間では、地元 尾花沢産の蕎麦粉・最上早生を使った風味ゆたかな手打ち蕎麦を中心に、旬の食材を使った料理、デザート、夜はお酒も楽しめます。
2階の窓際は、川沿いに並ぶ建物や石畳を照らすガス灯を一望にできる特等席です。
オーダーしたのは、最上早生を練り込んだという人気の蕎麦ソフト。一緒に頼んだカプチーノには、ガス灯と雪の結晶のラテアートが飾られ、おもてなしに心がほっこり温まりました。
源泉を引いた足湯で
心も体もほっこりと
窓からの眺めで石畳の上を漂う湯気が目にとまり、川沿いの「和楽足湯」へ立ち寄りました。
源泉から直接引かれたお湯は、疲労回復などの効果も抜群とのこと。冷えた足を入れると、すぐに全身がぽかぽか温まるようでした。
歩道の下へ地下水を流して雪を溶かす融雪システムを設けたり、電線を地中化したりといった変革も銀山温泉は続けてきたといいます。それが、"ずっと変わらない"銀山温泉の魅力を支えているのかもしれません。
非日常の空間で
温泉街の未来を想う
その一例が、温泉街の中心にあり、一際目を引く旅館「藤屋」でしょう。
江戸時代に創業し、平成18年に全面リノベーション。新国立競技場などの設計でも知られる世界的建築家・隈研吾氏のデザインによる空間は、「非日常」がコンセプトだそう。
白木の縦格子が印象的な外観は、現代と和の伝統が融合し、スタイリッシュでありながらも風情ある街並みに溶け込んでいます。
淡い緑色のステンドグラスの扉を開くと、にぎやかな通りとはまさに別世界。大きな吹き抜け空間の1階エントランスは、簀虫籠(すむしこ)と呼ばれる細い竹のスクリーンで囲まれ、間接照明の淡い光に満たされています。
客室はわずか8室で、趣の異なる5つのお風呂はすべて貸切。
大浴場も宴会場もなく、他の泊まり客と顔を合わせないプライベート重視の設計が、旅慣れた海外からの観光客、また2人で静かな時間を過ごしたいご夫婦連れにも好評だそうです。
これからの季節は、1階ロビーのステンドグラス越しに白く雪化粧した街並みを楽しむことができます。
何十年後もきっと変わらぬ姿で迎えてくれ、親しい人とゆったり過ごしたくなる、山間の温泉郷でした。
(掲載の情報は、2019年1月1日現在のものです)
街を歩いている途中、アヒル隊長を発見!
取材時期は11月初めだったので、冬の風物詩「つるし柿」も見られました。
銀山温泉を訪れた際、絶対食べたいグルメの一つが「野川とうふや」さんの立ち食い豆腐。日が暮れてきて体が冷えていたので、お店の目の前にある足湯「和楽足湯」に浸かりながら、外はカリッと、中はふわとろで甘みのある濃厚な味わいを堪能しました。また食べたい〜!
「伊豆の華」さんでの撮影の一コマ。実際に本誌でも使われたカットです。2階のカウンター席は、窓から温泉街や景色を眺められるのでおすすめですよ!
ガス灯に明かりが灯った銀山温泉の幻想的な街並みは、時代が移り変わっても変わらないでいてほしい、日本ならではの情景だなあと思いました。