鉄を作るための必要な資源に恵まれ、日本で初めて洋式高炉による鉄の連続生産に成功した釜石市は、明治日本の産業革命に大きな役割を果たした鉄のまちです。2015年に世界遺産に登録された「橋野鉄鉱山」には、その歴史を垣間見ることができる貴重な遺跡が残されています。
労をいとわないものづくりの精神で東日本大震災からの目覚ましい復興を遂げている釜石へ、岩手が生んだ世界的作家・宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』をモチーフにした「SL銀河」に乗って出かけました。
旅情をかきたてる
蒸気機関車「SL銀河」
JR釡石線は、花巻から釡石間の約90キロメートルを走るローカル線で、土日を中心とした特定日に「SL銀河」が1日1本運行されています。
岩手県遠野市にあるめがね橋を通過する「SL銀河」。宮沢賢治の物語を彷彿とさせる景色が広がる(画像提供:JR東日本盛岡支社)
「SL銀河を走らせることで観光面から復興を支援していこうと2014年に誕生し、今年で5周年を迎えます」とお話しくださるのは、釡石駅駅長の工藤さん。
「観光でたくさんの方に来ていただきたいですね」と語る工藤駅長
客車は『銀河鉄道の夜』に登場する星座や動物がデザインされており、車内で宮沢賢治にまつわる品々や東北の伝統工芸品に出会いました。
「イーハトーブ」という理想郷を実現しようとした賢治の足跡を辿れるギャラリー(画像提供:JR東日本盛岡支社)
ほかにもプラネタリウムを鑑賞したり、地元産のワインや地ビールを買うこともできます。
プラネタリウムでは、SL銀河ならではの『銀河鉄道の夜』をテーマにした天体ショーを上映(画像提供:JR東日本盛岡支社)
お酒を片手に窓の外を眺めると、雄大な自然が目に飛び込んできました。
「SL銀河は景色を楽しんでいただけるよう、速度を抑えて走ります。遠野の沿線は両側が田園地帯なので、秋には金色に輝く稲穂が車窓を彩ります」
金色に染まった田園地帯を走るSL銀河(画像提供:JR東日本盛岡支社)
遠野駅では約1時間の停車時間があるので、町に出て食事や観光もできます。煙をあげ汽笛を鳴らして走る機関車に心弾ませ、宮沢賢治が紡いだ童話の世界に親しみ、自然に癒される、充実した約4時間の旅でした。
終着駅の釡石では、かつて製鉄所に鉱石を運ぶために鉄道が通され、SLが行き交っていました。次は、そんな鉄のまちとしての歴史を学べる場所を訪ねます。
鉄のまちの歴史を学び
山の中の世界遺産へ
近代製鉄の歴史はもちろん、身近にあるのに意外と知らない鉄について学べる「鉄の歴史館」
「ぜひ総合演出シアターをご覧ください。橋野鉄鉱山の高炉の原寸大模型があり、当時の鉄づくりの様子や、約160年前に始まった鉄鋼業の歴史を音と光と映像で紹介しています」と教えてくださったのは、館長の佐々木さん。
「釜石には脈々と受け継がれた技術がある」と佐々木館長
大迫力の演出や展示で、鉄と釡石の関わりを学ぶことができました。
「橋野鉄鉱山」の高炉を再現した模型
続いて訪れた世界遺産「橋野鉄鉱山」には、鉄鉱石を掘って運び、高炉で鉄鉱石を鉄に変えた痕跡が残っていました。炉底には鉄鉱石が溶けた塊があり、常駐ガイドが磁石をくっつけ、これが鉄だと教えてくれました。
「橋野鉄鉱山」では、現地ガイドによる案内のほか、音声ガイドペンやタブレットを使った案内も用意されている(すべて有料)
現在、釡石の製鉄所には高炉はありません。しかし、かつて鉄を作り出していた炎は釡石駅前の「鉄のモニュメント」に灯され、ものづくりの灯として今も燃え続けています。そして5年前、「SL銀河」最初の火種としてこの灯が使われたそうです。
近代製鉄発祥150周年を記念して設置された「鉄のモニュメント」
近代製鉄の歴史とそれを受け継ぐ人々の想いに触れ、ものづくりの精神や、鉄のまちとしての誇りを感じることができました。
釜石は「鉄のまち」「ラグビーのまち」以外にももうひとつ通り名があります。それは「魚のまち」!
というわけで釜石駅に着いて早々、まずは海鮮で腹ごしらえ。
実は生の海鮮が苦手な私。しかし、釜石の海鮮丼は生臭さがなくて、好き嫌いの多い私でもとても美味しくいただくことができました!
釜石駅前には鉄のモニュメントのほか、日本近代製鉄の父とも呼ばれる大島高任の像や、「復興の鐘」があります。鎮魂と復興への希望を込めて私も鐘を鳴らしてきました。
次に訪れた鉄の歴史館の前には、最後の鉱石を積んで走った小ぶりのSLや大きな鉄鉱石が展示してあり、入る前からワクワク感をそそります。
鉄の歴史館は海の近くの小高い丘の上にあるので見晴らしが良く、リアス式海岸や「世界で一番深い防波堤」としてギネスに記録されたという釜石港湾口防波堤も見えます。
そして何より一番の思い出は釜石の人たちの温かさ。
橋野鉄鉱山インフォメーションセンターの方が、近くで採れた大きなワラビを大量にくれたり、
案内ガイドさんには「今度うちに遊びにおいで!」と言われるほど仲良くなったり、
立ち寄ったお土産屋さんではおまけのお菓子を人数分くれたり、
飲みに行った先では名も知らぬオジサマと意気投合したり。
みなさんとても優しく、明るく、楽しく生きている様子に、こちらも元気をいただきました。またいつかプライベートで訪ねて、今回出会った人たちにまた会えたらいいなと思います。